
- 布野修司編:はてしなき現代住居 1989年以後,フィルムアート社,2024年5月20日
- 【あとがき】
- コモンズのかたち
- ユヴァル・ノア・ハラリの言うように(『サピエンス全史―文明の構造と人類の幸福』)、あらゆる人間社会の基本構成要素であり続けた家族やコミュニティは,産業革命によってばらばらな個人に分解され,伝統的に家族やコミュニティが果たしてきた役割の大部分は,国家と市場の手に移った(「失われた終の棲家」冒頭)。しかし、グローバリゼーションの圧倒的な趨勢に対する自国第一主義、民族主義の抬頭、民主主義vs権威主義の対立という新たな世界史の局面に,国際社会は右往左往するだけで一致した方向を見いだせないでいる。気候変動,地球温暖化問題への各国の対応も遅々として進まない。国民国家のネットワークである193ヶ国が加盟する国際連合は完全に機能不全に陥ってしまっている。おそらく必要とされるのは、国家と市場に絡めとられない家族とコミュニティを基本構成要素とする自律分散型組織(コミューン)のネットワークの再構築である。
- 世界史の大転換、世界システムの再編成などという大問題は、もとより、本書の範囲をはるかに超える。しかし、日本の住居のあり方を身近に考えるだけで、日本の居住空間、地域空間、さらに国土編成がいかに歪なかたちをしているかは理解することができる。東京一極中心の中枢には、パワーカップルと呼ばれる高所得者層が居住する一住戸一億円を超えるタワーマンションが林立する一方で、地方には平均年齢が65歳を超える限界集落、消滅の恐れがある自治体が存在する。単身者世帯が4割近くあり、夫婦のみ世帯が2割、ひとり親と子ども世帯が1割弱あり、nLDK住戸モデルが想定した夫婦+子ども世帯は総世帯数の4分の1になっているにもかかわらず、しかも、空き家が1000万戸を超えているにもかかわらず、供給され続けるのはいわゆるファミリータイプの住居である。
- 世界に先駆けて少子高齢化社会に突き進む日本において求められているのは、多様な住居形式というにとどまらない,一人で終末を迎える単身者とそれを支える住居のかたちである。
- 本書の企画にあたって考えたのは、若い建築家たちが住宅設計の現場で何を考え、何に悪戦苦闘しているかについて情報共有し、それをもとにこれからの日本の住居のあり方について議論する、それをもとに一書を組立てよういうことであった。『進撃の建築家たち 新たな建築家像を目指して』(彰国社、2019)でとりあげた建築家たちを中心に声をかけて、まず、それぞれが興味を持つ住居について挙げてもらった。1989年以降で50件ぐらいの住居を選定したいと思ったけれど、その他の注文をつけたわけではない。建築家の「作品」あるいは「表現」としての住居を念頭に置いてリストアップした建築家もいるかもしれない。しかし、リストアップされた住居は実に多様であり、様々な視点を浮かび上がらせるものであった。住居について、実際に見学しながら議論を積重ねようというのがプログラムであった。そして、選定した住居について相互批評の機会としたいと考えた。
- 企画がスタートしたのは2019年である。本書でとりあげることになったT house(藤本壮介)、発砲スチロールの家(村上慧)は、編者自身、何人かで訪れ、議論する機会があった。しかし、Covid-19の発生は、具体的な住宅をめぐって議論する試みは断念することになった。本書のフレームを設定して原稿発注したのは2020年、
- コモンを共同管理・運営してきたのがコミューンである。アソシエーションは,一般的に,地縁に基づくコミュニティの対概念として,共通の目的,関心をもつ機能的集団をいうが,マルクスのいうアソシエーションは,労働力以外売るものを持たない無所有者となったプロレタリアート(賃金労働者)が自発的に結成する集団-結社,労働組合,協同組合・・・-である。マルクスは,アソシエーションの可能性をパリ・コミューン(1871年)に学んだとされるが(『フランスの内乱』),マルクスのいう「可能なるコミュニズム」とは,国家による計画経済などではなく,労働者たちのアソシエーションが互いに連合し,社会的生産を調整する,そういうシステムである。柄谷行人(2010)によれば,資本=ネーション=国家を超えた組織がアソシエーションであり,その協業・分業体制が「可能なるコミュニズム」なのである。
- 阪神淡路大震災(1995)、東日本大震災(2011)などこの30年に次々に大災害が日本列島を襲い、日本の住宅とそれを取り巻く環境が、想像以上に脆弱であることが明らかになった。また、少子高齢化の進行は、住宅地から活力を奪っていった。膨大な空き家を抱える一方、日本社会の階層分化、上流(富裕)層と下流(低所得)層の二極分化も指摘される。そして、日本の総人口は,2013年以降、減少に転じた。2070年には8700万人に減少するという(厚生労働省人口問題研究所、2023年4月)。日本は、世界で最も少子高齢化が進行する国である。
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われわれ私たちは、現在どのような住宅を手にしているのであろうか? 現代の日本では、住宅は「買う」ものであって「建てる」ものではなくなっている。日本の住宅の未来はどうなっていくのであろうか? 「住むこと」と「建てること」の未来を考えるために、この30年の日本の住宅を振り返ってみたい。 - 自ら「住む」場所と住宅を選び、自らの住まいを思うままに設えることは、誰もが人生の節目節目に行ってきている。この選択はどのようなかたちで終わるのであろうか。かつては、生まれた場所は故郷であり、やがて帰っていく場所であった。また、移り住む場所にも、地域それぞれに互いに助け合うコミュニティがあった。しかし、そうした故郷や地域コミュニティは失われつつあるように思える。そもそも、集まって住むかたちはどのようであればいいのか?
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