日本建築学会大賞 受賞所感 アジアの視座からの世界住居・都市研究の飛躍的発展ならびにタウン・アーキテクトの研究・実装に関する多大な貢献,建築雑誌,2025年8月


アジアの視座からの世界住居・都市研究の飛躍的発展ならびにタウン・アーキテクトの研究・実装に関する多大な貢献
布野修司(ふの・しゅうじ)/滋賀県立大学名誉教授
1949年生まれ/東京大学卒業/東京大学大学院修士課程修了/作品にスラバヤ・エコハウス/著書に『戦後建築論ノート』『カンポンの世界』『『裸の建築家』-タウン・アーキテクト論序説』『近代世界システムと植民都市』『曼荼羅都市』『大元都市』『スラバヤ』/日本建築学会論文賞(1991年)日本都市計画学会論文賞(2006)日本建築学会著作賞(2013年、2015年)
東京大学の吉武泰水・鈴木成文研究室出身で、東洋大学、京都大学、滋賀県立大学、そして日本大学、請われるままに国公私立五大学を渡り歩いてきた。数多くの師と出会い、温かい同僚に恵まれ、多くのことを教わってきた。そして何よりも元気なすぐれた学生たちとめぐりあい、フィールドで議論を重ね様々なことを学んできた。その結果が受賞に結びついたと思う。
研究室に入った頃、建築計画学研究は一定の役割を終え、行き詰っていると思えた。実際、標準設計批判、調査主義批判など風当たりは強く、研究室内でも様々な議論が展開されていた。アジアに眼を向ける大きなきっかけになったのは、東洋大学の「東洋における居住問題の理論的実証的研究」というプロジェクトである。日本の戦後まもなくの居住環境を思わせる状況に対していかに建築計画を組み立て直すかが具体的に問われた。セルフビルド、コア・ハウジングなど興味深い手法を知った、そしてスラバヤ工科大学のJ.シラスと出会い、様々な取組みを共有、協働することができたことが大きかった。
アジアで考えてきたことは日本の建築計画・都市計画と無縁であったわけではない。この間、日本列島は大きな災害に襲われてきた。その復興計画に直接生かせる知見も少なくなかった。また、タウン・アーキテクト、コミュニティ・アーキテクト制のシミュレーションとしての京都CDLの展開、近江環人地域再生学座の設立などはそのささやかな一環であった。

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