21世紀のユートピア 都市再生という課題(8)「大雑院から高層マンションへ 歴史的大改造 北京 消えゆく胡同 消えゆく四合院」,日刊建設工業新聞,200207 12
連載
二一世紀のユートピア・・・都市再生という課題⑧
都市再生とは何か。何を再生するのか。都市再生デザインの行方を探る
布野修司
この五年の間、「植民都市空間の起源・変容・転成・保全に関する調査研究」(文部省科学研究費助成研究)と題する研究プロジェクトに携わってきた。〈支配←→被支配〉〈ヨーロッパ文明←→土着文化〉の二つを拮抗基軸とする都市の文化変容が主題である。自ずから、世界史的なスケールにおいて、都市の未来を考える機会となった。
二一世紀の鍵を握る今日の発展途上地域の都市は、ほとんどが植民都市としての歴史をもつ。各都市は、人口問題、環境問題に悩む一方で、共通の課題を抱え始めている。植民地期に形成された都市核の再開発問題である。植民都市遺産を否定するのか、継承するのかはかなり大きなテーマである。
顧みるに、我が国は、「都市再生」の大合唱である。一体「都市再生」とは何か。再生する都市遺産とは一体何か。世界中のいくつかの事例に即して、様々な角度から考えて見たい。
⑧大雑院から高層マンションへ 歴史的大改造 北京 消えゆく胡同 消えゆく四合院




北京の変貌ぶりにもびっくりする。グリッド・パターンの街区が上海とは異なった格を感じさせるが、至る所建設ラッシュであるのは変わらない。東京で言えば銀座、故宮に接した王府井(わんふーちん)に巨大なショッピング・センターが出来た。また、天安門の前の長安街にそって次々に新しいビルが建ち並ぶ。二〇〇八年の北京オリンピックに向けて北京は頗る元気である。
景気のいいところに、世界中から有能な建築家が集う。これはもう真理である。日本人で今北京にオフィスを構えるのが六角鬼丈(精華大学美術学院)、山本理顕(SOHO現代城)である。山本理顕設計工場は四人のスタッフが常駐だ。
理顕さんから現場を見てくれと言われていたので寄ってみた。紅石(レッド・ストーン)社の大規模開発団地でコンペで勝ったプロジェクトである。第二環状線と建国門外大街が交わる抜群の立地である。建設は始まったばかりであった。モデル・ルームは、日本で言えば、億ションである。中国のプロジェクトとはとても思えない。わずかにメイド部屋があるのでそれと知れる。そのメイド部屋にもシャワールームがあり、自動乾燥機がついている。白を基調とし、面(つら)で収めた室内は、日本から取り寄せたという家具が置かれている。一戸当たり日本円で五〇〇〇万円程度で、完売というから驚きである。
しかし、現場は大変そうであった。設計施工の体制がまるで違うのである。基本的には設計者は現場には口を出せない。施工精度にも不安がある。通訳を介しての打ち合わせだけで膨大な時間をとられているという。
景気のいいところに建築家が育つ。これまた真理である。『世界建築World Architecture』の編集長の、精華大学の王教授から、『青年建築師・中国』という昨年の暮れに出たばかりの作品集を頂いた。四五歳を最年長として三三人の「青年建築家」が選出されている。デザインの力は格段に進歩がある。中国の建築界は確実に世代代わりである。理顕さんに先駆けてSOHO現代城を手掛けたのは、三三人の一人、朱小地・北京市建築設計研究員副院長で、一九六四年生まれである。
ところで、他人事ながら大いに気になるのが四合院であり、胡同(ふーとん 路地)である。かつて歩いたことのある朝陽門地区に行って愕然とする。一画が全て潰れていたのである。千年近くにもなる古都が決定的に変貌しつつある。果たしていいのか。北京の街区と四合院については、『乾隆京城全図』(1750年)をもとに分析してきたのであるが、これまでの街の成り立ちと再開発の方向はあまりにも異質である。決定的な問題は、街区の規模を遙かに超えた超高層集合住宅に街区が置き換えられつつあることである。
四合院住宅は、しばらく前から、大雑院と呼ばれる。流入人口の増加で、多くの家族が住み込み、そのかたちは崩れ、居住環境も悪化しつつあったのである。この間、徐々に再開発が行われてきたが、住民たちもそれを受け入れつつあるようにみえる。
郭沫若故居など典型的四号院が残る地安門大街周辺などに歴史的街並みを復元する地区がわずかに指定されるものの、四合院住宅が消えるのは時間の問題のようだ。菊児胡同において四合院型集合住宅が新たに提案されたことがあるが、精華大学の先生方の話を聞く限りでは、その方向にリアリティはないという。圧倒的に人気があるのは超高層の「SOHO現代城」の方なのである。
北京オリンピックの北京は、おそらく全く見違えるような北京となっているであろう。

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