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平良敬一さんお別れの会 追悼挨拶2023年   10月 31日, , 学士会館

 事務局の小泉淳子さん、泉幸甫さんから、何か話すようにと言われて、快諾していたのですが、体調を崩して入院する羽目になり、お別れの会に出席できなくなりました。時間が許す範囲でご披露いただければと思い、皆さんにお話ししようと思っていたことを書いてみました。小泉さんに代読をお願いいたしました。

平良敬一さん お別れの会 

平良さんの仕事については、今年、『住宅建築』500号に寄せて、「平良敬一という建築メディア-」というタイトルで書かせていただきました。平良敬一と建築メディアではなく、平良敬一自身が「建築メディア」だったということです。

平良さんと出会ったのは、1976年暮れに、宮内康さん、堀川勉先生と始めた同時代建築研究会のシンポジウムにおいてです。同時代建築研究会は,1978年に「戦後史をいかに書くか」という連続シンポジウムを、稲垣栄三,大谷幸夫,宮内嘉久,川添登,,藤井庄一郎の5人の先生を講師に招いて行うんですが,それに続いて1983年に「空白の一九四〇年代ー戦争と建築」(パネリスト 浜口隆一・神代雄一郎・平良敬一),「近代と近代建築の終焉ー一九五〇年代の建築と文化」(パネリスト 神代雄一郎・鬼頭梓・平良敬一)に続けて出てもらったんです。シンポジウムは、まさに饗宴であって,この時、お酒を酌み交わしながら、平良さんに学んだことには計り知れないものがあります。

今でも覚えているのは,何を評価するのか,建築家か建築か?人か物か?という議論です。建築家と建築は切り離せないという神代さんに対して、平良さんは建築派でした。有名無名を問わず、組織事務所、アトリエ事務所を問わず、建築を評価する姿勢は編集の基本姿勢として貫かれていたと思います。ただ,平良さんの編集方針の基幹にあったのは「建築家」の「デザイン」その「作品」ではない、建築がいかにあるべきか,都市がいかにあるべきかだった、と思います。次々にメディアを立ち上げられたのは,われわれを取り巻く全環境のあり方が関心の中心であったからです。平良さんのいう建築は,社会システムと切り離せないものと考えられていたわけです。もちろん、目指すべき建築としてヴァナキュラー建築の世界が念頭に置かれていたことは言うまでもありません。「機能主義を超えるもの」は、その理論化のための未完の論考です。最終的な根拠地としたのが『住宅建築』なんですね。

私は、平良さんに出会ったころ、並行して『群居』というワープロ雑誌の創刊(創刊準備号1982年12月,創刊号1983年4月)に関わり,終刊50号(2000年12月)まで編集長を務めるんですが、「編集の神様」に思えていた平良さんには,折に触れてアドヴァイスを受けました。会員制の部数が2000人になった時「あとは減るだけだ」と言われてその通りになったのは、さすがプロと思ったものです。渡辺豊和さんと始めたAF(建築フォーラム)『建築思潮』(創刊号1992~5号1998)については、その名前を使いたいと平良さんに懇願して許可を得ました。そして、随分協力もして頂きました。

創刊号の私のロングインタビュー「戦後建築ジャーナリズム秘史」は、平良敬一建築論集『機能主義を超えるもの』のあとがきのベースになっています。平良さんとは、「建築ジャーナリズムの戦後50年」(旭硝子株式会社,対談 平良敬一・布野修司,GA,1995SPRING)など、折に触れて、建築とメディアをめぐって議論させていただきました。

『群居』以降,『traverse』(2000~)『京都げのむ』(京都コミュニティ・デザイン・リーグCD)2001年~2006年)『雑口罵乱(ざっくばらん)』(談話室,滋賀県立大学,2007年~)の立ち上げに関わってきました。『建築雑誌』(日本建築学会)には3度編集委員会に加わり,最後は 編集長(2002年1月号~2003年12月号)を務めました。そして,WEB版『建築討論』(日本建築学会)を立ち上げ,編集長を務めました(2014年~2017年 No.01~13)。

平良敬一さんとは,2017年5月11日に東京竹橋の学士会館で開かれた平良さんの唯一の建築論集『機能主義を超えるもの』の出版をお祝いする会が最後となりました。そろそろ会が終わりかける頃,平良さんは近くにいた何人かをひとりずつ呼んで短い時間個別に話をされたんですが、紙媒体雑誌の衰退と平良さんのような編集者の不在を嘆いた私に対して,平良さんは「そう思うのなら,ひとりでもやれ!」と言われました。。私への遺言です。

その時のシンポジウムに登壇された内田祥哉先生,長谷川堯さん,そして磯崎新さんも相次いで逝ってしまわれました。そして、今年の6月末、私の建築ジャーナリズム・デビューをバックアップしてくれた彰国社の元『建築文化』編集長・田尻裕彦(たじりひろよし)さんも無くなられた。寂しい限りです。

平良さんの訃報を聞いてまもなく,新たなメディアの立ち上げも視野に「平良敬一と戦後建築ジャーナリズム」について改めて考えてみようと,田尻裕彦,神子久忠,中谷正人,川床優さんにインタビューを始めました。川床優さんは先日亡くなってしまいました。A-Forumで斎藤公男先生と「建築とジャーナリズム研究会(AJ研)」を立ち上げましたが、かたちにする作業は遅々として進みません。山本理顕さんが立ち上げた『都市美』の編集に松山巌さんと関わっていますが、ようやく3号が本日出版されました。今のところのひとつの希望です。4号の企画は既に決定しているんですが、平良さんには評価いただけるんじゃないかと思っています。私自身、残された時間がどれだけあるのかわかりませんが、平良さんの志と夢を、若い世代に引き継ぐ役割を果たしたいと思っています。                       以上。

2023年10月31日

「平良敬一さん お別れ会」のご案内

拝啓 暑い日が続いておりますが、皆々様におかれましては、お変わりなくお過ごしのことと存じます。

速いもので平良さんが亡くなって、既に3 年余りの月日が流れました。葬儀、一周忌、三回忌とも、ご遺族の新型コロナ感染への配慮から、ご家族のみで執り行われました。やっとコロナも落ち着き、生前お付き合いのありました皆様方とお別れの会をもちたく、ご案内申し上げます。

会費制とさせていただきますので、ご香典、ご供花はご辞退申し上げます。

また、お越しいただきました皆様には、住宅建築500 号(電子書籍)、日本の集落1 巻

(電子書籍、1 巻~3 巻からお好きな 1 巻)、平良敬一を偲ぶ 2024 年オリジナルカレンダーをお持ち帰りいただきたく、準備いたしております。

ご多用中とは存じますが、ご来臨賜りますようお願い申し上げます。               敬具

2023 年8 月

――記――

日時 : 2023 年10 月31 日(火)16:30~18:30(受付開始16:00)会場 : 学士会館 201(東京都千代田区神田錦町3-28)

電話03-3292-5936(代表)会費 : 12,000 円

申込 : 8 31 (木)までにご返信をお願いいたします。

発起人 : 安藤邦廣・秋山実・泉幸甫・伊志嶺敏子・植久哲男・川口通正・岩為・北田英治・齋藤裕子・平良辰夫・内藤廣・楢村徹・畑亮・布野修司・

降幡廣信・堀部安嗣・益子義弘・松隈洋・三井所清典・宮本隆二・ 山田脩二・横内敏人(五十音順)                     建築資料研究社・建築思潮研究所

事務局: お別れ会 実行委員会

京都墨田区両国4-32-16 両国プラザ1103 〒130-0026 建築思潮研究所 内電話:03-3632-3236              e-mail:koizumi3632@gol.com

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