緑再生の巨大な実験 傷つけて癒す・・・建築の本質 見聞録04,共同通信,200010

見聞録04

 緑再生の巨大な実験 傷つけて癒す・・・建築の本質

 

 会期半ばを過ぎた淡路花博(ジャパン・フローラ二〇〇〇、九月一七日まで)を一日楽しんだ。博覧会そのものにはさしたる期待はなかった。未来都市のイメージを競った大阪万博(一九七〇年)が建築が主役でありえた最初で最後の博覧会である。沖縄海洋博(一九七五年)も筑波科学技術博(一九八五年)も、そのイメージを超えることはなかった。メインゲート付近に並ぶ白いテントはまさに予想通りだった。とは言え、今回の主役は花だ。折からのガーデニング・ブームで大変な盛況である。イヴェントとしては大成功だという。

 自然の再生をうたう会場に溢れる擬石や擬木、造花にいささか辟易しながら、夢舞台ゾーンに向かうと、今を時めく安藤忠雄ワールドである。野外劇場、「奇跡の星の植物園」と題された温室、百段園と称した花壇、主立った建物は全て彼の手になる。

 会場はかつての灘山だ。京阪神臨海部の埋め立てのために大量の土砂が採掘されて無惨な姿になった。その禿げ山に自然を蘇らせるのが花博の真のテーマだ。石灰岩の採掘で荒廃した山を蘇らせたバンクーバーのブッチャート・ガーデンがモデルだ。ジオウエーブ工法というのだという。緑の山が再生されようとしていた。まずは壮大な実験に敬意を表する。日本中の禿げ山、コンクリートで固めた醜悪な崖面も即刻緑に復元すべきだ。

 安藤は一貫して自然との共生をうたう。しかし、彼は積極的に緑を取り込むことはしない。むしろ、自然をどう見せるか、自然と人工物である建築とをどう際だたせるかに意が用いられる。コンクリートとガラスと水の絶妙の配列が全体を形作る。圧巻は水面の下に敷かれた煌めく百万枚ものホタテ貝だ。

 本質的に、自然を傷つけることによって建築は成り立つ。傷つけて癒す、矛盾に充ちた行為だ。だから安易に建築に自然を取り入れればいいというわけではない。安藤は建築の本質を直感的に知っているのである。

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