バリ島の住居集落

三界観念

 オーストロネシア言語圏にかなり広く分布する「バヌアbanua」という言葉がある。大陸,土地,集落,村,町,国という意味である。インドネシア語で,ブヌアは大陸や領土,サダン・トラジャではバヌアは住居を意味し,隣のブギスではワヌアは長老や領主に統治された領域のことである。北スラウェシのミナハサでは,ワヌアは村落や地方を意味し,フィリピン南部のミンダナオの言語では,バンワは,領地,地域あるいは村落の集合を指す。ニアスで,バヌアは,村落,世界そして空あるいは天を意味することもある。

 こうして,バヌアという言葉の広がりは,住居や集落の配置が宇宙そのものの配置を反映するという思考の広がりを示している。代表的なのが,宇宙が三つの層,天上界,地上界,地下界からなるという三界観念である。東南アジア島嶼部の大半の地域では,上下の世界にはさまれた人間の住む世界が存在するという概念を共有していることが知られる。

バリ島では,島,村,屋敷地,棟,柱のそれぞれの構成に宇宙(マクロコスモス)と身体(ミクロコスモス)を貫くひとつの秩序が想定される。まず,天地人の宇宙の三層構造に対応して,バリ島全体が山と平野部と海の3つに分けて考えられる。そして,個々の集落も,頭部と胴体と足部の3つに分けられ,カヤンガン・ティガといって,全ての村には,必ずプラ・プセ(起源の寺),プラ・デサ(村の寺),プラ・ダレム(死の寺)という三つの寺が1組となって配置されている。各住棟は,屋根,壁,基壇の3つに分けて考えられ,柱も柱頭,柱脚には特有の彫刻が施され,3つに分けられる。全て頭部・胴体・足部という身体の構造に対応する。身体,住居を包む環境全体がコスモスなのである。

 そもそも高床住居の構造が,宇宙の三つの層への分割を反映していると考えられる。住居の床下の領域は最も不潔な部分で,そこにはゴミや糞が台所から捨てられ,豚など動物が飼われている。高床上は人間の住む場所で,一方,屋根裏部屋は,先祖伝来の家宝や籾が納められる,最も神聖なところである。

オリエンテーション

 住居あるいは集落の配置はオリエンテーション(方位)についての様々な規則に従い,その規則に地域や民族の宇宙観が投影される。

 バリ島ではオリエンテーションの感覚は極めてはっきりしている。まず,日の出の方向は正(生),日の入りの方向は負(死)という観念がある。そして,山の方向カジャが聖,海の方向クロッドが邪である。バリ島の南部では,北が聖なるアグン山の方向であり,南が悪霊のやってくる,汚れた海の方向である。東―西,山―海という2つの軸を基準として,各屋敷地は,北東の角を最も価値の高い場所とし,南西を最も価値の低い場所とする位階的秩序によって区分され,各棟の配置が決められる。北東の角には,サンガとよばれる屋敷神が祭られる。バリ島の北部地域に行くと,南が山の方向で,南東が屋敷神の場所となる。

  ボルネオのンガジュ・ダヤク族のように川上,川下の感覚が強い地域もある。山―海,あるいは川上―川下という地理学的な特徴が住居,集落の配置に影響し,方位感覚は規定するのである。また,右と左の区別がオリエンテーションの感覚に重要性をもつ例がある。ロティとアトニ(ティモール)は,ともに東西軸を固定された軸と見なし,東へ向かって,北と南を左と右を表すものと考える。エンデ(東フローレス)では,海-山という軸が固定されたもので,左―右はこの軸との関係において海に向かって定義される。

 カロ・バタックの住居は,住居内部に地理的隠喩が持ち込まれる。中央の溝あるいは通路の両側に並んで2つの高床があり,床は壁から中央に向かって幾分傾斜している。高い部分はグヌン(山)と呼ばれ,最も名誉あるところであり人が寝るところである。中央に近い,最も低く,全く敬意を払われないところはサワー(田)と呼ばれる。内部空間の構造が,ある種の景観を生み出しており,自然界を反映しているのである。

 また,オリエンテーションの規則は寝るときの頭の向きに適用される。船上生活者のバジャウは,常に船と十字に寝る。死体は,船に見立てて造られた棺に縦に埋葬されるからである。死に関わる悪い方角はどこでも意識されている。ブギスにとって,北に向かって眠ることは死者になることである。日本でも北枕は縁起が悪い。ヌアウル人は東西軸に沿って寝る。山-海(南-北)軸に沿って寝ると死ぬと信じている。トラジャ族も東西に寝る。北タイ人も,東枕で,他の方角は危険と思っている。

身体としての住居

住居の各部分を小宇宙(ミクロコスモス)としての身体の部分になぞらえることがある。サヴでは,住居は頭,尾,首,頬,呼吸をする空間,胸そして肋骨をもつとされる。ティモールのテトゥム族では住居には背骨,眼,足,体,肛門,顔,頭,骨そして子宮や膣があるとされる。

 スンバでも,上述のように,住居,墓,村落,耕作地,河川そして島そのものにも身体の比喩が使われる。住居を身体として捉える考え方は水平的にも垂直的にも見られる。住居の前面は人間の頭であり,後面は尻である。住居の頂部は「髪の結び目」などと表現される。リンディ族によれば,頂部は住居のもっとも重要な部分であり,人が住む部分は頂部の延長あるいは手足とみなされる。

 ティモールのテトゥム族の住居は,細長い切妻の建物であるが,前面は顔と呼ばれ,男性用の扉は「住居の目」と呼ばれる。後部の女性用の扉は「住居の膣」と呼ばれる。側壁は脚,棟は背骨,後壁は肛門である。住居には3つの部屋がある。儀礼的にも居住の面でも,もっとも広く重要な部屋は後の部屋であり,「住居の子宮」(ウマ・ロロン)と呼ばれる。

 住居の各部分は,身体寸法に基づいてつくられるのが一般的である。バリの場合,男の世帯主の身体が寸法の基準となる。ロンボクのササック族は妻の身体を基準とするが,それは住居でもっとも長い時間を過ごし仕事をしなければならないのが妻だからという。すべての寸法体系が身体寸法に基づいて決定されているから,建築法規や基準がなくとも自然に,景観にまとまりが生み出される。寸法は身体そのものであり,そしてこの寸法に魂が吹き込まれて初めて命をもつとされる。この場合,寸法の霊をインドネシア(マレー)語でジワ・ウクランという。

コメントを残す

布野修司  Studio Spiral Chronicleをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む