https://drive.google.com/file/d/17lAZ4Gxr2KREYUmc0xW0iDoepKZsbEbl/view?usp=drive_link

第Ⅱ章 ロンボク島の住居集落
ロンボク島には、原住民であるササック族をはじめとして、バリ人、スンバワ人などが混住しており、それぞれ独自の居住様式をとっている*[i]。既往の研究*[ii]をもとに、また、インドネシア現地研究者の示唆をもとに、ロンボク島全域を可能な限り踏査し、典型的なササック族の伝統的住居集落を選定し調査した。選定したのは、ガンガ Gangga(1)、レンペグ Rempeg(2)、スゲンタール Segenter(3)、バヤン Bayan(4)、スナル Senaru(5)(行政単位としてはデサ・バヤンに含まれる)、ロロアン Loloan(6)、サジャン Sajan(7)、サピット Sapit(8)、レネック Lenek(9)、バトゥ・リンタン Batu Rintang(10)、サデ Sade(11) 、ルンビタン Rembitan(12)、スンコル Sengkol(13)の13集落である(図1 番号は図の番号)。
1.住居集落の地域類型
1-1 住居、ブルガ、穀倉
ロンボク島の一般的住居は、ジャワ・バリと同様、地床式住居である。地床式住居は大きく二つに分けられる(図2)。一つはバヤンを中心とした地域一帯に見られるバレ・ブレ bale belek と呼ばれる住居である。スゲンタール、スナル、ロロアンにおいても見られる。6本柱の高床の倉庫、イナン・バレ Inan Baleが住居内に存在するのが特徴である。イナン・バレには、壷などの貴重品、にんにくなどの根菜類などが貯蔵されている。住居内には間仕切りはなく、ベット、かまど、家具などが置かれる。
もう一つはサデを中心にロンボク島各地に見られる住居である。1.0~1.5mの土壇上に築かれるのが特徴である。住居前部には、サンコ sankoh(テラス)があり、セミ・パブリックな空間として使用されている。女性による機織り仕事や談笑の行われる空間である。住居内はプライベートな生活空間として使われる。炊事、就寝のためのスペースである。一般にかまどは奥を背にして左側に配置される。ベッドはなく、草を編んでつくったござをひいて寝床を作る。
サンコと同様、セミ・パブリックな空間として機能する建物にブルガがある。ブルガはバヤン、スゲンタール、スナル、ロロアンといったバヤンを中心とする地域に見られる。ブルガは住居とセットになって、生活空間を形づくる。ブルガは6本の柱を持つ高床式の壁のない建物である。バヤン地域外では、集落全体に数棟しか見られない。機能的には、集会所や儀礼場として用いられ、パブリックな色合いが強くなる。
建物の棟木はすべて聖山であるリンジャニ山の方向を向く。例えば、バヤンからみてリンジャニ山は南側に位置するので、棟の方向はすべて南北方向を向く。周囲の他の集落でも同様な傾向がみられる。東ロンボクでは、住居はほぼ東西方向に配置される。ロンボク島では聖山であるリンジャニ山が方位観を大きく規定する要因となっているのである*[iii]。
穀倉は、モンジェン Monjeng 、サンビ Sambi 、ゲレン Geleng 、アラン Alang の四種類が区別される(図3)。サンビはロンボク島全般で見られる。4本と6本という柱数の違いはあるが、イナン・バレと全く同一の構法によって建てられる。素朴な構法といっていい。モンジェンは最も規模が小さく、住居のテラスあるいはブルガの脇に配置される。日常に使用する米を貯蔵しておくためのものである。バヤンに数多い。それに対しゲレンは最も規模が大きい。住居と同じ大きさのものも見られる。倉の部分とそれを支える柱の部分が分かれ、ネズミ返しを持つ。柱の持つ膨らみが特徴的である。アランは釣り鐘型の特異な形態を持つ。ロンボク島のアイデンティティーを表現するものとして、その屋根形態のアナロジーが様々に使用される。倉の部分と柱の部分が分離しているという点ではゲレンと同様である。
ゲレンとアランについては、その分布に関して明確に地域的な違いがみられる。ゲレンはロンボク島北部・東部に見られる穀倉形態であり、アランは主に南部を中心に分布している。






1-2 集落形式
諸集落は、大きく三つに分けられる(図4)。
①住居とブルガが平行に配列されるパターン
②住居と穀倉が平行に配列されるパターン
③住居が丘陵の等高線に従って配置されるパターン
バヤン、スゲンタール、スナル、ロロアンは①のパターンをとる。住居がブルガを両側から挟み込むかたちで、それぞれ平行に並べられる。一つのブルガは、一世帯あるいは二世帯によって所有される。
穀倉の配置には、それぞれ特徴が見られる。バヤンの場合、穀倉はまとめて集落の周縁部に配置される。スナル、ロロアンの場合は、住居・ブルガと同様平行に配置される。スナルの場合、集落の内部にも穀倉が配置されるのに対し、ロロアンは集落の端の部分にのみ配置される。スゲンタールには独立した穀倉は見られない。住居内に貯蔵するのが一般的である。
②のパターンが見られるのは、サジャン、スンバルン、サピット、レネックなど北東部から東部にかけての諸集落である。これらの集落では、居住様式の変化がかなり見られる。ほとんどの穀倉は、その床下部分が居住部分にあてられている。穀倉の周囲を壁で囲い、内部に炉をきり、床下に露台を設置しそこで寝起きするのである。
それに対し、南部に位置するサデ、ルンビタン、スンコールでは丘陵地に集落が築かれている。乾燥地帯であるロンボク島南部において耕作の可能な土地は貴重であり、耕作の不可能な丘陵に居住するのが望ましいと考えられているのである。配列は非常に特徴的で、丘陵の等高線に沿って住居が配置される。
この①②③のパターンは、それぞれ地域的な類型になっている。また、建築形式も地域毎にまとまっている。すなわち、ロンボク島北部では、イナン・バレを持つ住居の存在、建築物の平行配置、住居とブルガの対応関係、カンプ kampu *[iv]の存在が、その特徴となる。それに対し、ロンボク島北東部・東部では、住居と穀倉の平行配列が、その特徴となる。ロンボク島南部では、住居が等高線に沿って丘陵上に配置されるパターン、またアランの存在が、その特徴となる。
2.デサ・バヤンの空間構造とその構成原理
デサ・バヤンは、ロンボク島北部、リンジャニ山の北側斜面に位置する。ワクトゥ・テル*[v]発祥の地として知られ、現在でも独特の信仰を保持している。稲作中心とした農村集落である。集落規模は周囲の集落に比べかなり大きく、中心部には150世帯ほどの人々が居住している。
デサ・バヤンは現在行政上11のドゥスン dusun (住区)によって構成されている。バヤンの文化圏は行政上の枠とは異なったレヴェルで広がっているのであるが、その中心は、現在村役場のおかれているバヤン・ティモール(東バヤン)およびバヤン・バラット(西バヤン)である。この東西バヤンについては、カンプの存在、17世紀に建てられたといわれる木造のモスク、ムスジッド・クノ・バヤン・ブレ Mesjid Kuno Bayan Beleq の存在、マカム・スカダナ、マカム・アニャールといった他集落の名が付けられた墓の存在、ラデン Raden と呼ばれる貴族の存在など、その中心性を特徴づける様々な特性を挙げることができる。
2ー1 バヤン・ティモール・グブック・テンガの構成
バヤン・ティモールは8つのRT*[vi]によって構成される。グブック・テンガ Gubuk Tengah が、その中心RTである。その一画に、祭祀集団の長およびその家族の居住するカンプがあり、集落の祭祀の際に中心的役割を果たす。祭祀集団の長はプマンク pemangku と呼ばれる。バヤン・ティモールの全戸数208戸(1992年)のうち、グブック・テンガには30戸が住む(図5)。
グブック・テンガは集落内を走る歩道によって境界づけられる。そのほとんどは整然と並ぶ住居とブルガによって占められ、カンプは北端中央に位置する。東端には、共同の便所兼水浴び場がある。このRTの東側には水路がその境界に沿って走っており、食器の洗浄や衣服の洗濯が行われている。
カンプは竹製の壁で4つに分割されている。集落外からこのカンプに入る場合、まずブンチンガ Bencingah と呼ばれる4つのブルガのおかれている一画を通らなければならない。これら4つのブルガの形態はいずれも同じであるが、それぞれ異なった機能、ヒエラルキーを持つ。最も重要視されているのはブルガ・アグン Berugak Agung と呼ばれるブルガであり、重要な祭祀の時にはこのブルガが中心となる。次はブルガ・マラン Berugak Malang と呼ばれるブルガであり、このブルガは祭祀時に盛大な食事の場となる。他の二つは待合所や集会所として使用されたり、食事の準備に使用されたりする。これらのブルガは、ブルガ・スンバゲ Berugak Sembagek 、ブルガ・ジャンガン Berugak Jangan と呼ばれている。
南西の一画には3つの建物が見られる。一つはサントレン Santren と呼ばれる建物で、結婚式の最後の儀式が行われる。さらに釜屋がある。木造寄棟の建築物で、祭祀時に参加者が食す御飯を調理するために使用される。祭祀時以外には使用することが出来ない。また、中に入ることも許されない。あと一つはブルガで、この建築物は先述のブルガ・マランにおいて行われる食事を一時的に置いておくために使用される。日常の生活に用いるのは西側の建物である。南東の一画はカンプの中心となる場所である。ここにはその昔バヤンの王が住んでいたとされる住居が残っている。現在は空き家で誰も住んでいないが、内部には剣などの貴重品が数多く収納されている。
2ー2 住居の空間構成
もともとデサ・バヤンの伝統的住居といえばイナン・バレをもったバレであった。また、バレとブルガとは密接な関係をもつ。ブルガを男の空間、バレを女の空間と呼ぶこともある*[vii]。右・左、内・外が男・女に結び付けて考えられている二項対立の原理、つまり双分観が、バレに対する空間認識に大きく影響を及ぼしていると考えられる。
バレは、基本的にイナン・バレを中心とし、三つの部分に分けられ使用される(図6)。奥を背にして右側には、かまどが配置され、炊事・食事の空間となる。瓶や稲なども置かれている。左側は、奥と手前に分かれてはいるが、ベットが置かれ就寝の空間として機能する。イナン・バレの周囲には、戸棚・机・椅子などが置かれる。しかし、現在グブック・テンガに見られる住居のほとんどは、バレの様な1室空間ではなく、多室空間である。住居の増築・改築が繰り返し行われ、イナン・バレを持つものは数少ない。全住棟数45棟のうち、建設中のもの4棟、空き家3棟を除くと、イナン・バレを持つものはわずか7棟である。住居としては機能していないが、その他にカンプ内に2棟バレがある。一つは炊事場として、もう一つは祭祀の家として機能している。以上の9棟の内1棟は、イナン・バレを持つが、屋根は瓦葺き、壁は煉瓦にモルタル塗、土台はコンクリートという様に、外見は全く伝統的なものと異なっている。
現在のグブック・テンガの住居のうち、最も一般的に見られる平面形式はタイプ(TYPE A3)である(図7)。平入りでまずL字型の居間にアプローチし、その両側に寝室が並べられる。机や椅子は、表に面した位置に配置される。入口部分にテラスが設けられ、その右部分に寝室が付設される。次に多いのが、非常に簡素な2室住居(TYPE B1)である。入口は左側の部屋に設けられ、右側の部屋は寝室として機能する。この形式の住居には切妻屋根をもつものが多く、規模もかなり小さい。その他 TYPE B1 の寝室部分が分化した(TYPE B2)や、TYPE A3 に見られる三分構成の原型と考えられる(TYPE A1)や(TYPE A2)などのタイプも見られる。
2-3 集落の構成
①建物の所有形態
伝統的には一世帯につきバレ、ブルガ、穀倉が一つずつ所有されており、かまどは住居内に設けられていた。しかし、現在ではそういった関係はかなり崩れている。
まず穀倉を見ると、このRTの住民によって所有される穀倉は総計21棟ある。そのうちこの敷地内にあるものは6棟と数少ない。穀倉の床下部分には、木切れが置かれたり、牛がつながれたり、露台が設けられている。露台が設けられているものは2棟ある。これらの穀倉を所有している住居はともにブルガを所有していない。ブルガの機能が穀倉床下の露台によってまかなわれていると考えられる。
私有、共有に関わらずブルガを所有している住居は、34棟数えられる。9割近くの住居がブルガを所有していることになる。ロンボク島北西部のタンジュンから移り住んできた人々はブルガを利用する習慣をもっていない。ブルガの総数27棟のうち1世帯によって所有されるものは16棟、2世帯によって所有されるものは7棟、公的な機能に使用されるものは4棟、カンプ内に見られる。またこのうちかまどを付設するものは7棟である。かまどは必ず南側に設けられる。これは葬式においてブルガに安置された死体は、必ず北側から運び出されるという事実と関係している。かまどの所有パターンは多様である。バレに代表されるように住居内にかまどを所有するもの(6戸)、住居とは別にかまやをもつもの(5戸)、住居に付設して所有するもの(11戸)、ブルガに付設して所有するもの(10戸)、他の世帯の所有するかまどを使用するもの(6戸)という様に5つのパターンが見られる。バレだけに注目すると、総数7戸のうち4戸は伝統的な形式を残し現在も住居内にかまどを所有しているが、1戸は釜屋をもち、1戸はブルガに付設し、1戸はバレに付設している。
②ブルガの利用状況
集落の空間構成にとってブルガは極めて重要である。ブルガの利用状況は集落の生活空間を具体的に示している*[viii]。
利用形態はブルガによって異なってくる。睡眠以外の行為は観察されないものもあれば、睡眠が全く行われないブルガも見られる。また、時間によっても異なる。夕方、ガムランの演奏が行われると、夕方あるいは夜の使用頻度が極めて高い。多様な使われ方が見られる中で、1日の生活サイクルの中での利用形態について1つの共通点を指摘できる。朝昼夕と使用人数が一旦減少するのである。これは炊事・食事の時間と対応している。一般的に来客あるいは祝祭の祭を除くと、ブルガで炊事・食事が行われることはない。炊事・食事が行われる際に、ブルガの使用人数が減少するのである。ブルガの所有世帯数と利用状況は密接に関連している。つまり、利用延べ人数が多いほど所有世帯数が多いのである。住居の居間は新しいスタイルとして取り入れられるだけで実際にはブルガが利用されているのである。
*[i] ロンボク島の住居集落の概要については、報告(1)で既に示した。
F.Schulze,’Pekerdjahan Prangdi Lombok’,Albrechtand Rusche Batavia-solo,(1894)
Team Penyusun Monografi Daerah Nusa Tenggara Barat,’Monografi Daerah Nusa Tenggara Barat jilid.1,2′,Departemen Pendidikan dan Kebudayaan(1977)
Polak,Albert,’Traditie en tweespalt in een Sasakse boerengemeenschap(Lombok,Indonesie)’,Proefschrift,Rijksuniversiteitte Utrecht,(1978)
Gunawan Alif,M.,’Bangunan Tradisional Sasak Bagian dari Nasib Malang’,asri 32(1985):43-5,61-4
Dinas Pekerjaan Umum Propinsi Daerah Tingkat I Nusa Tenggara Barat,’Bentuk Bangunan Tradisional Daerah Tingkat I Nusa Tenggara Barat’,(1981)
M.M.Billah,’SOCIAL SURVEY South Lombok’,(1984)
Departomen Pendidikan dan Kebudayaan,Direktorat Jenderal Kebudayaan,’Selintas Rumah Taradisional Sasak di Lombok’,museum negeri nusa tenggara barat(1987/1988)
Howe,L.E.A.,’Hierarcy and Equality:Variations in Balinese Social Organization,’Bijdragen toto de Taal-,Land-en Volkenkunde,145:47-71,(1989)
Ikatan Mahasiswa Arsitektur Fakultas Universitas Indonesia,’Ekskursi Lombok'(1990)
Departmen Pendidikan dan Kebudayaan,’STUDI TEKNIS PURA MERU CAKRANEGARA’,Proyok Pelestarian/Pemanfaatan Peninggalan Sejarah Purbakala Nusa Tenggara Barat,(1990-1991)
Departemen Pendidikan dan Kebudayaan,’Arsitektur Tradisional Daerah Nusa Tenggara Barat’,(1991)
Judith L.Ecklund, ‘Sasak Cultural Change,Ritual Change,and The Use of Ritualized Language’,Universitas Gadjah Mada
*[iii] このオリエンテーションの意識が住居の配置ばかりではなく寺院や聖地の構成における礼拝方向にもあらわれることは、報告(1)に述べている。
*[v] イスラーム化されているが土着の宗教的伝統も合わせ持つササック族をいう。それに対して、敬虔なムスリムをワクトゥ・リマという。報告(1)参照。
*[vi] エル・テー Rukun Tetangga 隣組。インドネシアの最小近隣単位。
*[vii] こういった空間分類は、南部の集落の、サンコに対しても行われる。サンコは住居奥を背にして右側は「大きなサンコ sankoh besar」、左側は「小さなサンコ sankoh kecil」と呼ばれているのあるが、一般に大きなサンコは男の空間として、小さなサンコは女の空間として認識されている。接客空間として使用されるときには、右のサンコで接待するのがよいとされ、左のサンコで接待を受けるのは歓迎されざる客と考えられている。
*[viii] 調査対象としたのは、5つのブルガである。1993年12月22日の6時から20時までそれぞれのブルガで行われる行為を観察した。また1994年1月8日~9日と2日間に渡って6時から23時まで1時間おきに集落内の全ブルガを巡回し、ブルガにいる人の数とその行動について調査を行った。
観察された行為を羅列すると以下のようになる。
D・・・食材を置く/食材の調合/訪問者の接待/休憩/噛み煙草をはき捨てる/コーヒーを飲む/食器の片づけ/食事の準備(えんどう豆を細かく切る)/談笑/寝る/おやつを食べる
F・・・作業/行商がやってくる/サロンを屋根裏に置く/休憩
H・・・休憩/ニワトリを置く/鍋に水を汲む/談笑/作業/食器を置く/おやつを食べる/寝る/訪問者の接待/鍋を屋根裏に置く
K・・・座る/おやつを食べる/コーヒーを飲む/読書/食事をとる/赤ん坊が泣く/寝る/掃除
U・・・寝る/冷や飯を鍋に入れる/食器を置く/にんにくの皮むき/水浴び用の用具を置く/食事をとる/掃除/枕を屋根裏に片付ける/豆の皮むき/コーヒーを飲む/休憩/カードゲームをする/煙草を吸う
休憩(睡眠、談笑)、食事・炊事、物置、接待がブルガの主な機能ということになる。




























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