
マドゥラ
マドゥラ島は,インドネシア第2の人口を抱えるジャワ島スラバヤ市から対岸20kmほどの位樅にある東西約160kmの長さの島である。古くからジャワの王朝文化の影響を受けてきたが,16世紀以降イスラームを深く受け入れ,現在,マドウラ人はインドネシアでも最も敬虔なイスラーム教徒として知られる。
インドネシアにはスマトラ島のバタク族 やスラウェシ島のトラジャ族のように,2列に建物が対面しながら平行に並んで配置される例が見られるが,マドゥラ島の住居 も同様に東西に長い2列の住居配置をとる。この点は島全体に共通しているが,住居の様式を見た場合,島の東部と西部で様式が異なる。東部はジャワ島の伝統住居と同じ様式を持つのに対して,西部はマドゥラ島独特の様式を持つ。
マドゥラ島西部の住居で最も重要なのは北西角に建つ主屋であり,ローマー・トングromah tongguと呼ばれる。これと中庭を挟んで対面する位置にダポールdaporと呼ばれる釜屋が建つ。礼拝棟のランガールlanggarは,屋敷地内で唯一の高床式の建物であり,屋敷地内でイスラームの整地メッカに最も近い中庭の西端部に置かれる。以上の上屋,釜屋,礼拝棟が,東側に開く形で中庭を「コの字」に囲むのが基本的な住棟構成であり,タネアンtaneanという。その文字どおりの意味は「土地」や「庭」である。村落は,この「コの字」型の屋敷地がユニット状に連続する形でできている。
主屋は屋根の構造と形によって名前が区別されている。最も古いものは切妻屋根を持ち,トロンペサンtronpesanと呼ばれるが,村落内での数は比較的少ない。現在,最も一般的なのは寄棟屋根の四周に下屋を巡らせたものである。これは,プリンビンガンbelimbinganといい,その姿はまるで兜のように見える。また西部の村落では,しばしば2棟の主屋の屋根が下屋部分で連続したものが見られる。これはポトンガンpotonganと呼ばれる。
主屋の平面は,屋根の種類に関わらず同じである。平入りで,住居前部のアンペルampelと呼ばれるテラス空間と間仕切りを持たない一室の室内空間からなる。室内にはマドウラ島独特の彫刻が施された寝台や棚が置か九寝室として使われる。
多くの屋敷地ではJ囮象で結ばれた複数の視fや兄弟姉妹枇帯が住んでいる。1棟の主屋に寝起きするのは,核家族が原則である。拡大家族が住む場合,まず,ローマー・トングの東側に主屋が建ち並ぶ。こうして中庭の北側に複数の主屋が並ぶと,タネアンは「長い庭」という意味を示すタネアン・ランジャンlanjangと呼ばれるようになる。それでも主屋が足りない場合は,中庭の南側に新築される。R・ヨルダァン Jordaanによれば,この場合,中庭の東側から主屋が建てられるという。つまり,最初のローマー・トングから見れば,新たな主屋は中庭に向かって左手側に建てられ続 け,最終的には時計回りの形で中庭を囲む のである。主屋が建て詰まることによって,中庭南側から追い出された釜屋や家畜小屋 などの付属屋は,主屋の裏手や礼拝棟の北 側など屋敷地の角地に置かれるようになる。
それぞれの主屋を相続するのは女性である。ローマー・トングには屋敷地の母系家長の他帯が住み,その隣の主屋に長女の世帯,さらにその隣に次女の世帯が住む。'家長は,年老いて隠居するとローマー・トングを長女に譲り渡す。以上のようにローマー・トングを頂点に中庭に向かって左側の i渥ほど,拡大家族内のヒエラルキーが低い枇帯が住むものと意識されている。
屋敷地全体の住空間の使い方には大きな 特徴がある。主屋の室内空間は,基本的に は就寝に使われるだけで,昼間の生活は,礼拝棟や主屋前部のテラスといった中庭を囲んだ半屋外空間でほとんどが行われる。さらに男女が利用する場所も明確に分かれている。礼拝棟は,もちろんイスラームの 祈りを行う場所であるのだが,日常生活に おいては男性の場所として使われる。たとえば,礼拝棟は男性の食事場所であるし,屋敷地を訪れる男性客はそこでもてなされ る。そして礼拝棟は,特定の世代に属する 男性の寝所にもなる。そこで寝るのは,上 に述べた主屋を娘夫婦に明け渡して隠居し た祖父と,思春期を迎えて両親や姉妹と主 屋内でともに寝ることができなくなった青年の,大きくは老・青2つの世代の男子である。礼拝棟が男性の場所であるのに対して,女性の日‘常生活の場所となるのは主屋前のテラスである。テラスにはレンチャッ lencakと呼ばれる1畳ほどの大きさの露台が置かれる。釜屋は隠居した祖母の寝所になる。



















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