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                           おしまいの頁で08

08建築家と保険,おしまいの頁で,室内,199808

建築家と保険

布野修司

 「建築家というのはひどいですね。まるでだめですね。ちょっと申し上げたいけれども、たとえば私が自分のうちをつくったとしますね。クレームがあるとして調停に持ちかけますね。絶対に負けます。こちらも優秀な弁護士を雇いますが駄目です。きっちりと検査する人間がいない。だから曖昧なうちに負ける。建築というのは実に曖昧な世界だ。」

 それはすごい剣幕であった。このところ『建築雑誌』のシリーズ企画で、元日本建築学会長を中心とした長老(名誉会員)先生に話を聞く光栄に浴してきたのであるが、セコムの飯田亮会長の場合は少しく様子が違った。建築界に心底お怒りのようなのである。

 「お金を払う施主の権利はほとんどない。片務契約ですよ。こんなに厚い詳細設計の図面が来て、そのとおりやって、建築家に全部任せているわけです、こちらは素人ですから。ところが空調がうまく動かない、全部結露しちゃう。下にある材料は全部腐ってしまう、という状態でも負けますね。勝てないんです。ですから実のところ日本の建築家なんて全然信用してないですよ。」

 それでもって、アメリカの建築会社を連れてきてやらせたうまくいくとおっしゃる。もしそうだとしたら実に困ったものだ。というより、問題の根は深い。日本の建築の仕組みが問われているのだ。

 阪神・淡路大震災以降、建築界は頭を悩まし続けている。特に建築学会は幾次の提言を重ねてきた。しかし、飯田会長にかかれば「学者なんて評論家にすぎない」と一刀両断である。

 ではどうするばいいか。保険がキーだとおっしゃる。建築家が頼りにならないとしたら保険に頼るしかないではないか。この建築(家)はAランク、これはCランク、それに見合ったコストをかける。施主は自分の判断で保険をかける。建物の安全性は自己責任の問題だ。

 日本の建築家が頼りにならない、と言われて相槌打ったのはいいが、学者も評論家だと言われては、出る幕はない。

 しかし秘かに、建築家をきっちり格付け(レーティング)して保険を賭けるのは悪くないな、などと思う。評論家の評論家たる所以か。

『室内』おしまいの頁で199801~199912

◎01百年後の京都,おしまいの頁で,室内,199801

◎02室内と屋外,おしまいの頁で,室内,199802

◎03英語帝国主義,おしまいの頁で,室内,199803

◎04 アンコ-ルワット,おしまいの頁で,室内,199804,

◎05 ヤン・ファン・リ-ベック,おしまいの頁で,室内,199805

◎06 秦家,おしまいの頁で,室内,199806

◎07 木匠塾,おしまいの頁で,室内,199807

◎08建築家と保険,おしまいの頁で,室内,199808

◎09桟留,おしまいの頁で,室内,199809

◎10 インド・サラセン様式,おしまいの頁で,室内,199810

◎11 ヴィガン,おしまいの頁で,室内,199811

◎12カピス貝の街,おしまいの頁で,室内,199812

◎13ダム成金の家,おしまいの頁で,室内,199901

◎14 J.シラスのこと,おしまいの頁で,室内,199902

◎15 ジベタリアン,おしまいの頁で,室内,199903

16西成まちづくり大学,おしまいの頁で,室内,199904

17 スラバヤ・ヤマトホテル,おしまいの頁で,室内,199905

◎18京都デザインリ-グ構想,おしまいの頁で,室内,199906

◎19 ジャングル, おしまいの頁で,室内,199907

◎20 大工願望,おしまいの頁で,室内,199908

◎21日光,おしまいの頁で,室内,199909

◎22ヴァ-ラ-ナシ-,おしまいの頁で,室内,199910

◎23北京の変貌,おしまいの頁で,室内,199911

◎24群居,おしまいの頁で,室内,199912

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