家族—共同体―都市-国家の起源 04 最古の洞窟画

最古の洞窟画

布野修司

 家族—共同体―都市-国家の起源 その④

Shuji Funo これまでのやりとりは添付します。

Q1 まず、補足質問です。

 Q1-1 オルドヴァイ渓谷のリングの写真あるいは図面示していただけますか?風除けの上部構造について、枝・草・葉なの化石?とかそれなりの痕跡は発掘されているんですか。シェルターというのは「覆い」ですので屋根が決定的です。

 Q1-2 イスラエル、ガリラヤ湖畔のOhalo II(約23,000年前)以前の以降はありませんか?最古ですか?

 Q1-3 昆虫(ミツバチ,蟻,蜘蛛・・・)、甲殻類などの巣作りに関わる遺伝子については研究はありますか?

 Q2 聞き忘れていたんですが,洞窟画の最古のもの、また、地域的分布について教えて下さい。

 Q3 狩猟生活を開始したホモ・サピエンスの集団(家族、バンド,部族、氏族・・・)形成について整理してもらえますか?

    チンパンジーなど他の類人猿との比較もお願いします。

Shuji Funo

Q2 洞窟画の最古と地域分布

ここは2026年現在、以前の回答を更新する必要があります。

現在の最古の「洞窟壁画/ロックアート」

2026年1月のNature論文によれば、現在確認されている最古級は、インドネシア・スラウェシ島 Muna島Liang Metandunoの手形ステンシルです。年代は、少なくとも67,800年前です。U-seriesによる上部の方解石の年代が 71.6 ± 3.8 ka で、絵そのものについて 67.8 ka以上という最小年代が得られています。これは非常に重要な更新です。2024年段階では、Leang Karampuang:約51,200年前 Leang Bulu’ Sipong 4:約48,000年前 Leang Tedongnge:約45,500年前などが中心でした。特にKarampuangの「人間らしき人物とイノシシ」の場面は、世界最古の物語的・具象的な洞窟画として注目されました。しかし2026年の発見で、「最古のロックアート」という意味では67,800年前の手形ステンシルがさらに古いことになりました。

古代の洞窟に描かれた手形の壁画が写っている
人間の図が3つと豚の図が描かれた古代の岩絵の画像。
古代の洞窟壁画に描かれた手の印が複数見られる、茶色い地面の画像

4

ただし「最古の洞窟画」と「最古の絵」は区別する必要があります

例えば南アフリカの Blombos Caveには約73,000年前の赤色顔料による抽象的な線があります。しかしこれは洞窟壁画ではなく、石片上の描画です。またスペインの洞窟には、少なくとも約64,800年前とされた手形がありますが、年代測定について議論があります。Nature 2024も、この年代について「questioned」としています。

したがって現在は、「洞窟壁面に残る確実性の高い最古級のロックアート」→ Sulawesi 約67.8 kaとするのが適切です。

地域分布

ここは先生が以前から指摘されている「ヨーロッパ中心史観」の問題に直結します。

大きく見ると、

① アフリカ

南アフリカ:Blombos Sibudu Apollo 11 Cave Wonderwerk など 顔料、刻線、象徴物などが非常に古い。ただし、保存条件の問題から、洞窟壁画として残っている例は東南アジアより少ない

② 西アジア・地中海

スペインの洞窟群には、ネアンデルタール人による可能性が議論される古い手形・顔料利用があります。これは、**「洞窟壁画=Homo sapiens固有」という単純な図式を崩す可能性があります。

③ 東南アジア

ここが現在、非常に重要です。Sulawesi Liang Metanduno:≥67.8 ka Leang Karampuang:≥51.2 ka Leang Bulu’ Sipong 4:≥50 ka Leang Tedongnge:≥45.5 ka など。そしてボルネオ(Kalimantan)にも古い壁画があります。

④ オーストラリア

SahulへのHomo sapiensの到達とともに、岩壁・岩陰の絵画文化が発展します。ただし、保存状態・年代測定の難しさのため、東南アジアほど単純に「最古」を決められません。

⑤ ヨーロッパ

有名なのは、Chauvet El Castillo Altamira Lascaux など。しかし、ヨーロッパの「洞窟美術」は約40,000年前以後に爆発的に増える。しかも地域的には非常に偏っており、フランス南西部~スペイン北部のFranco-Cantabrian regionに集中します。したがって、「洞窟画はヨーロッパで発明され、そこから世界に広がった」という古い説明は、現在では維持できません。むしろ、アフリカ、東南アジア、ヨーロッパなど複数地域に非常に古い象徴表現が存在し、まだ発見されていない地域の空白も大きいというのが現在の状態です。

Q3 狩猟採集民の「集団」はどう形成されたのか

ここが今回の質問の中では、私は一番重要だと思います。まず、家族 → バンド → 部族 → 氏族 → 都市という単純な進化系列にはしない方がいいです。これは20世紀前半の人類学ではよく使われたモデルですが、現在ではかなり修正されています。むしろ、個体 → ペア/親子 → 家族的単位 → 居住集団 → より大きな地域社会 が、状況に応じて**分裂・融合する(fission–fusion)**と考える方が実態に近い。

1 まず「家族」

人類では、チンパンジーなどに比べて、子どもの養育が母親だけでは完結しないことが非常に重要です。父親、祖父母、兄弟姉妹、その他の集団成員が子どもの世話をする、cooperative breeding / alloparentingの方向が発達したと考えられています。ここから、母子→父・母・子→周囲の親族・非親族による共同養育→という社会的拡大が起こる。

2 チンパンジーとの決定的な比較

チンパンジーも実はかなり高度な社会を持っています。典型的なchimpanzee communityは、約40~150個体程度で、内部では、community→party→個体という fission–fusion 型です。つまり、いつも全員一緒にいるわけではない。餌のあるところに数個体が集まり、また分散する。これは人類にもかなり似ています。しかし決定的な違い チンパンジーでは、Communityが基本的な社会単位です。成人オスは出生communityに残る オス同士の強い結束 共同して領域を防衛 他communityの個体とは敵対的 メスの一部は成熟すると移籍 という構造です。

これに対して人類の狩猟採集社会では、

「バンド」が閉じた繁殖集団ではない

ことが重要です。人間は、バンド間を移動する 婚姻する 贈与する 情報を交換する 別のバンドに一時的に滞在する ことができる。Layton & O’Haraの比較研究では、現代の狩猟採集民のバンドは概ね35~80人程度、チンパンジーcommunityは40~150程度で、規模そのものは似ています。しかし社会構造はかなり違うとされています。

3 なぜ人間に「バンド」が必要になったのか

ここに狩猟が非常に重要な役割を果たした可能性があります。大型動物を一人で捕獲するのは難しい。しかも、狩猟に成功する日と失敗する日があります。そこで、狩猟する人 → 肉を持ち帰る → 集団で分配するという仕組みが合理的になります。すると、個体の食物獲得→他者との共有→信頼→相互扶助→集団の維持という構造が成立する。Layton & O’Haraは、人間の狩猟採集社会では、男性の狩猟と女性の採集、肉の共有、ペア・ボンド、集団による子育てなどが相互依存関係を形成していると論じています。

4 人間の「コミュニティ」はチンパンジーより大きなネットワークになる

ここが先生のコミュニティ/コミューンという問題に直結します。

現代の狩猟採集社会では、家族だけでは生活できない。→キャンプ/バンドが必要になる。しかしバンドだけでも資源が不足する。→複数のバンドが婚姻・交換・儀礼・言語・親族関係で結ばれる。→regional communityが成立する。この「より広い社会」を維持するために、言語 贈与 婚姻 親族概念 儀礼 共有する領域 相互扶助 が必要になるという議論があります。

5 そして、これは「空間」と結びつく

ここで今回のQ1に戻ってきます。チンパンジーは、communit→ 食物を探す→ partyを形成→ 夜になる→ その場所で巣をつくる→ 翌日移動です。

人間では、家族・小集団↓キャンプをつくる↓火↓食物処理↓睡眠場所↓作業場所↓廃棄場所↓他の家族との空間関係↓集落となる。

だから私は、今回の議論では、社会の進化 個体→ ペア→ 家族→ 小集団→ バンド→ 地域communityと、空間の進化 自然環境→ 巣→ シェルター→ 住居→ キャンプ→ 集落並行して考えるのが非常に有効だと思います。

添付資料の最後で私が「言語・象徴・共同作業」と「建築・住居・集落」の交差点が重要だと述べたのは、この意味です。

ここから「家族—共同体—都市—国家」に戻ると

今回の4問を一つにまとめると、かなり面白い図式が見えてきます。

【生物】巣をつくる   ↓環境を改変する   ↓個体ではなく集団による構築   ↓自己組織化
【ヒト】家族 ↓共同養育 ↓食物共有 ↓協力 ↓キャンプ ↓住居 ↓複数家族↓集落 ↓共同体が並行して進む。さらにその上に、意図共有 ↓言語 ↓象徴
 物語 ↓規範 ↓共同体が重なる。

そして最終的には、「共に生きる」ことが、共に空間をつくることになる。

ここが先生の「コモンズ/コミュニティ/コミューン」の起源論に接続する非常に重要な地点ではないでしょうか。

特に今回の調査からは、私は次の3点をかなり強く言えると思います。

① DKを「最初の建築」とするのは危険。屋根の証拠がない。

② Ohalo IIは「最古の住居」ではなく、屋根・壁・床・炉・寝床・内部空間をかなり具体的に復元できる、極めて重要な最古級の住居遺跡。

人間と他の動物の決定的な差を「巣をつくる/つくらない」に置くのは適切でなく、むしろ「つくった空間を対象化し、他者と共有し、記憶し、伝達し、改変し、累積する」ことに置いた方がよい。

そしてQ3については、「家族→バンド→部族」という階段ではなく、「家族・キャンプ・バンド・地域communityが分裂と融合を繰り返す多層的ネットワーク」と考える方が、現在の人類学には合っています。

この先は、いよいよ先生が最初から問題にされている 「では、この“共に住む”ということから、commons(共有資源)、community(共同体)、そしてcommune(共同体を制度化したもの)は、いつ、どのように分化したのか」 に入れると思います。

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