布野修司:traverse越境 布野修司都市建築論集, 私家本,2025年9月21日
https://drive.google.com/file/d/1_KhgjOAVRUiq6lRmdn5DCRhKHtWXnhhf/view?usp=drive_link


目次
Contents
布野修司『traverse』執筆原稿
traverse01植民都市の建設者–計画理念の移植者たち The Builders of Colonial Cities-Planters of Western Urban Planning 植民都市研究のためのメモ 2000
traverse02 タウンアーキテクトの役割と仕事 The Roles and Tasks of Town Architects in Japan 京都コミュニティ・デザインリーグの提案A Proposal for the establishment of Kyoto Community Design League 2001
traverse03 アジアの都市住居 Urban Housing in Asia 発展途上地域の大都市における居住地モデルに関する研究Research on Community Model of Metropolis in Developing Regions (Humid Tropics) 2002
traverse04 植民都市の特性と類型 Characteristics and Typology of Colonial Cities オランダ植民都市研究 Study on Dutch Colonial Cities 2003
traverse05 アジアにおける都市変化のディレクター 投機家と建設業者の楽園Directors of Urban Change in Asia On Tokyo: A Speculator and Builders’ paradise 2004
traverse06 東南アジアのヒンドゥー都市 Hindu Cities in Southeast Asia―インド的都城の展開 曼陀羅都市研究 Study on Cities as Mandala 2005
traverse07 「インド・イスラーム」都市論ノート Notes on Indo-Islamic Cities 2006
traverse08 景観論ノート Notes on Theory of Landscape Design景観・風景・ランドスケープ 2007
traverse09 ハトとコラルHatos & Corales 非グリッドの土地分割システムAnti-Grid Land Division System 2008
traverse10 条里と水利Jori & Suiri:Traditional System of Land
Allocation and Water Supply 2009
traverse11 オンドルとマル,そして日式住宅Ondor, Mal & Nisshiki Jutaku(Japanese Style House):Transformation of Korean Traditional House 2010
traverse12 建築少年たちの夢:現代建築水滸伝Dreams of Archi-Boys:Story of Contemporary Japanese Architects 2011
traverese13 グリッド都市 The Grid City 2012
traverese14 『周礼』考工記「匠人営国」条考 On Ancient Chinese Ideal City Model described in “Zhou” 2013
traverese15 殺風景の日本―東京風景戦争―A Bleak Japan; The Tokyo Wars on Landscape 2014
traverese16 大興城(隋唐長安)の設計図–中国都城モデルA Plan of Chang’an- A Model of Chinese Capital 2015
traverese17 アレクサンドロスの都市 Cities of Alexander the Great 2016
traverese18 壁のない住居-タイ系諸族の伝統的住居 House without Walls – Traditional Houses of Thai Tribes 2017
traverese19 ある都市の肖像:スラバヤの起源 Shark and Crockodile 2018
traverese20 「アジア」の欠落:世界建築史をいかに書くか?Lack of Asian Architecture: How We Write a Global History of Architecture? 2019
traverse21 ヒューマン・ウェブ(蜘蛛の巣)の未来:COVID-19とステイ・ホーム The Future of Human Web: COVID-19 & Stay Home 2020
traverse22 カンポンとコンパウンドKampung and Compound 2021
traverse23 棲み分けの多様な原理 Diverse Principles of Segregation 2022
traverse24 創造の源としての現場―歩く、見る、聞く、造る―調査心得七ケ条 The Site as a Source of Creativity – Walking, Seeing, Listening, Creating – 7 Rules for Field Studies 2023
traverse25 私たちは何処に棲むのか?Where do we live? 2024
京都の鴨川の左岸に沿って走る川端通りに面して「赤垣屋」というお店がある。1991年に京都大学に異動して以来、建築学教室の仲間と度々集った。いつの間にか定例化し、店の奥の坪庭を挟んであった六畳ほどの座敷が定席となった。「川端会」と称した。
『traverse-新建築学研究』創刊の母体となったのはこの「川端会」である。2000年6月に創刊号を出したが、「編集後記」(大崎純)が「7年前より懸案であった」と書いているから、1993年ぐらいから議論していたことになる。「traverse」という命名は竹山聖による。彼がイメージしたのはイェール大学の建築ジャーナル『Perspecta』である。米国で最も古い学生編集のジャーナルとして現在も刊行されている。『traverse』も学生主体の編集に移行して存続している。
新しいメディアを構想するにいたった「川端会」は若手教員の集まりであり,「新建築学研究」にややウエイトがあった。海外へ向けての発信は意識されており、創刊の辞(布野修司)も英文を併記している。
「京都大学「建築系教室」を中心とするグループを母胎として、その多彩な活動を支え、表現するメディアとして『traverse—新建築学研究』を創刊します。『新建築学研究』を唱うのは、言うまでもなく、かっての『建築学研究』の伝統を引き継ぎたいという思いを込めてのことです。『建築学研究』は、1927(昭和2)年5月に創刊され、形態を変えながらも1944(昭和19)年の129号まで出されます。そして、戦後1946(昭和21)年に復刊されて、1950(昭和25)年156号まで発行されます。数々の優れた論考が掲載され、京都大学建築学教室の草創期より、その核として、極めて大きな役割を担ってきました。この新しいメディアも、21世紀へ向けて、京都大学「建築系教室」の活動の核となることが期待されます。
今日、研究成果の発表の場は、『建築学研究』のころとは比較にならない程多く、新たなメディアの創刊は屋上屋を重ねるように思えるかも知れません。しかし、発表の場が分散化することによって、京都大学「建築系教室」の全体像が見失われてきているという危惧も増しつつあります。創刊の動機のひとつには、お互いの仕事を相互にコミュニケートし、相互に批判し会う場を京都大学「建築系教室」としてもちたいという願いがあります。
もうひとつの動機として、この間の国際化のめまぐるしい進展があります。外国からの留学生も増え、諸外国の大学、研究所から学術交流を求められる機会も増えつつあります。京都大学「建築系教室」の活動成果を全体として表現することが必要とされます。自由に相互批判できる場をもち、世界へ発信するメディアをもつことによって、広く開かれた場での評価を高めることへつながると思います。
今日のメディアを支える技術の発展にはめざましいものがあります。メディアの形態も様々な形を模索したいと考えます。学生たち、若い世代にとっても魅力的な場でありたいと考えます。いずれにせよ、どこからアクセスしても京都大学の「建築系教室」の仕事がくっきり浮かび上がる必要があります。
「建築学の研究範囲は、総ての学術の進歩に伴ひ、極めて広汎なものとなって来た。その研究題目も微にいり細に渉って、益々広く深くなってきた。」と既に『建築学研究』の創刊の言葉(武田五一)にもあります。領域の拡大と専門分化はさらに進展しているのが今日の状況です。問題は、建築をめぐる大きな議論をする場が失われつつあることです。この新しいメディアは、予め限定された専門分野に囚われず、自由で横断的な議論の場を目指したいと思います。「traverse」という命名にその素朴な初心が示されています。」
2005年4月に京都大学から滋賀県立大学に異動し、『traverse』6号から編集には関わっていない。しかし光栄なことに、初代編集委員ということで、編集委員として名を掲載していただいてきた。また、毎号、原稿依頼をしていただいた。テーマも自由ということで、その都度最も関心のあるテーマを綴ってきたのが本論集であり、21世紀の最初の25年(第1四半世紀)に考えてきたことの記録である。

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