家族—共同体―都市-国家の起源 その⑰
都市とは何か 都市の起源,そして国家の起源
布野修司
都市という言葉に都市の特性がいくつか含まれていることは確認できたと思います。
その特性の中で、何が都市の定義にかかせないか、ということになりますね。
高密度の集住は、絶対的な条件にはならないですね。
また、城壁(防御壁)の存在も絶対的な条件になりませんねー日本の都市 ただし自然 山川など防御のための適地が選択されるー。・・・・・
A~Eは、布野の説ということではなく、都市の定義をめぐる所説を整理したものですが,都市の起源について、F説を追加してくれました。F説というと「布野説」ということでまとめになればいいのですが、以下のように,「私のF説は都市形成の一つの一般的な仕組みを説明する仮説であり、あらゆる都市の成立原因を一つに還元する理論ではありません。」とおっしゃいます。
私にもいくつか疑問が残っていますので、今回は、都市の定義、都市の起源をめぐって再度質問します。
Chat GPT
五つの都市起源説と私のF説の関係
先生の五説を、都市成立の異なる要因として整理し直すと、次のようになります。
| 起源説 | 説明する主要な要因 | 私の評価 |
| A.剰余説 | 非農業人口を支える生産・供給 | 重要な物質的条件。ただし剰余だけでは都市は成立しない |
| B.市場説 | 交換と交易の集中 | 都市の中心性を生む重要な契機 |
| C.軍事説 | 防御・抗争・安全保障 | 一部の都市では決定的。ただし普遍的条件ではない |
| D.宗教説 | 儀礼・祭祀・共同建設 | 集落間の共同性を組織する重要な契機 |
| E.政治権力説 | 徴収・配分・労働動員・統治 | 多くの初期都市を説明するが、権力が先行したかは要検証 |
| F.結節・統合説 | 複数集落の関係が特定の場所に集積し、恒常的に制度化される | 私の暫定的な起源仮説 |
ただし、F説がA〜Eをすべて包括するという主張も、安易にはできません。例えば、軍事的な強制移住によって都市が成立する場合には、集落間の自発的な共同活動を出発点とする説明は不十分です。したがって、私のF説は都市形成の一つの一般的な仕組みを説明する仮説であり、あらゆる都市の成立原因を一つに還元する理論ではありません。
5.私が最も重要と考える問題――なぜ「村」ではなく「都市」になるのか
ここが私の仮説の最大の課題です。村落にも分業があり、共同施設があり、交換があり、祭祀があり、権限があります。それらが拡大するだけなら、大きな村落、あるいは集落連合が形成されるだけかもしれません。では、何が加われば都市になるのか。
私は、その場所の住民だけでなく、周辺の複数集落の生活や活動を継続的に組織する機能が、一つの居住地に集中することが重要だと考えます。例えば、農村集落では、食料生産、貯蔵、儀礼、共同労働などが主として集落内部で組織されます。
都市では、これらの活動の一部が集落を超える規模で組織され、特定の場所が広域的な活動の中心になります。しかし、単なる祭祀センターや交易拠点は、それだけでは都市とはいえません。そこに恒常的な居住があり、異なる社会集団の活動が複合的に組織されることが必要だと考えます。この意味で、私の考える都市は、単なる人口の集積でも、権力の所在地でもありません。
都市とは、複数の共同体の関係が、特定の居住空間に集積し、持続的に組織されることによって成立する、新しい社会的・空間的な結節点である。
6.この仮説の根拠となる研究
私の考えに関係する代表的な研究として、次の文献があります。
- Robert McCormick Adams, The Evolution of Urban Society: Early Mesopotamia and Prehispanic Mexico, Aldine, 1966. 初期都市を地域社会の発展と比較する研究。
- Robert McCormick Adams, Heartland of Cities: Surveys of Ancient Settlement and Land Use on the Central Floodplain of the Euphrates, University of Chicago Press, 1981. 都市と周辺集落の関係を地域調査によって分析。
- Jason A. Ur, Philip Karsgaard and Joan Oates, “The Spatial Dimensions of Early Mesopotamian Urbanism: The Tell Brak Suburban Survey, 2003–2006,” Iraq, 73, 2011, pp. 1–19. テル・ブラクの都市形成を周辺居住域から検討。
- Michael E. Smith, “The Archaeological Study of Neighborhoods and Districts in Ancient Cities,” Journal of Anthropological Archaeology, 29(2), 2010, pp. 137–154. 都市内部の近隣集団と社会的組織を検討。
- Bisserka Gaydarska et al., “Trypillia Megasites in Context: Independent Urban Development in Chalcolithic Eastern Europe,” Cambridge Archaeological Journal, 30(1), 2020, pp. 97–121. 大規模集住と都市の定義を再検討。
Shuji Funo
Q1 まず、共同体とは何か?説明してください。
「村落にも分業があり、共同施設があり、交換があり、祭祀があり、権限があります。」ということですが,権限とは何ですか?誰と誰に対する権限ですか?
村落共同体と都市共同体を区別しますか?区別するとどう違いますか?
Q2 権力はどのようにして発生しますか?
Q3 村落に交換があるというのはどういう交換ですか?遠隔地交易ということですか?
柄谷行人は『力と交換様式』『世界史の構造』などで、交換様式論を展開します。A 互酬(贈与と返礼)→ B 服従と保護(略取と再分配)→ 商品交換(貨幣と商品)→D Aの高次元の回復という大きな見取図を描いています。交換、すなわち一の成立は、「その場所の住民だけでなく、周辺の複数集落の生活や活動を継続的に組織する機能が、一つの居住地に集中することが重要だと考えます」という大きな要素ではないですか?農村共同体には市場のような場所・空間はないんじゃないですか?「B 市場説」は、交換が行われた場所が恒常化していったという説ですね。
Q4 村落に分業があるというのはどういう分業ですか?陶器や道具などの制作のことですか?採集狩猟、子育てなどの男女分業のことですか?
Q5 採集狩猟社会,農耕社会は基本的に自給持続社会と概念的に単純に定義できませんか?もちろん、釣針用の黒曜石とか、希少資源についての遠隔地交易も必要となるわけですが。都市は基本的に自給できない、農耕に従事しない商人、職人・・・官僚・・・首長からなる。食糧は、後背農村から供給される。都市―農村が一体となってひとつの単位になるのでは?前々回の文章に書いていますが、E 政治権力説は、布野だけの主張ではありません。藤田弘夫(1993)に依拠しています。
「藤田弘夫(1993)(『都市の論理 権力はなぜ都市を必要とするか』)が言うように,この場合,余剰は予め社会的余剰である。すなわち都市住民のために食糧(農業生産物)を強制的に移動させるのが権力である。こうして,都市の発生と国家の発生は同じ位相で,「都市国家」の成立をめぐって議論されることになる。」
そこで・・・
Q5 国家とは何ですか?国家の起源は?どのように形成されますか? 先走りますが、国家 領域国家 帝国 国民国家など、どう定義しますか。
Chat GPT
布野先生
今回の質問は、これまでの議論の核心にかかわるものだと思います。
とくに重要なのは、共同体とは何か、共同体内部の権限がどのように権力へ転化するのか、そして都市と国家の成立は同じ過程なのか、という三つの問題です。前回、私は都市を「複数の共同体の関係が特定の居住空間に集積し、持続的に組織されることによって成立する、新しい社会的・空間的な結節点」と定義しました。しかし、この定義には問題があります。「共同体」そのものの定義が曖昧であり、「持続的に組織される」ということが、具体的にどのような社会関係を意味するのかも明確ではありません。また、先生が指摘されたように、都市住民が自ら生産しない食糧を、誰が、どのような仕組みで都市に供給するのかという問題を避けては、都市の成立を説明できません。
以下、質問の順序に従って考えます。なお、最後の国家についての質問は、二つ目のQ5として扱います。
Q1 共同体とは何か。村落共同体と都市共同体はどう違うか
1.共同体の定義
まず、共同体(community)を次のように定義してみます。共同体とは、一定の人々が、生活の再生産に必要な資源・空間・活動・規範を継続的に共有し、相互に義務と権利を認め合う社会集団である。ここで重要なのは、単に一緒に住んでいることではありません。例えば、ある集落に10世帯が住んでいても、各世帯が完全に独立し、土地、水、食糧、労働について何の共同関係もなければ、それを強い意味での共同体とは呼びにくい。逆に、別々の場所に居住する集団でも、森林、牧草地、漁場、水利施設などを共同管理し、相互扶助や儀礼を継続していれば、一つの共同体を構成しえます。したがって、共同体の範囲と集落の範囲は必ずしも一致しません。これは都市の起源を考えるうえでも重要です。複数の集落が一つの共同体を構成することもあれば、一つの集落内部に複数の共同体が存在することもあるからです。ただし、この定義は私の議論のための作業定義です。共同体については、テンニースの Gemeinschaft、マルクスの共同体論、人類学の親族・地域集団論などがあり、統一された定義が存在するわけではありません。
2.村落における「権限」とは何か
前回、私が「村落にも権限がある」と述べたのは説明不足でした。ここでは、まず「権限」と「権力」を区別する必要があります。**権限(authority)**とは、一定の社会的規範に基づいて、他者の行動に関する決定を行うことが正当と認められている資格です。例えば、農耕村落で考えれば、次のようなものがあります。
| 決定を行う者 | 決定の対象 | 権限の内容 |
| 世帯の代表者 | 世帯の構成員 | 労働や資源配分の調整 |
| 長老・評議集団 | 村落の構成員 | 紛争の調停、慣習の維持 |
| 水利管理者 | 用水の利用者 | 取水順序、維持管理の調整 |
| 儀礼の担当者 | 儀礼参加者 | 儀礼の日程や手順の決定 |
| 共同作業の責任者 | 作業参加者 | 作業の割当て、進行の調整 |
ただし、これは権限の存在形態を示したものであり、すべての村落にこうした役職が存在したという意味ではありません。また、これらの権限は一人に集中するとは限りません。合議によって決定される場合もあり、特定の活動についてのみ、一時的に指導者が選ばれる場合もあります。ここで区別したいのは、ある人が他者に対して影響力をもつことと、他者に命令し、それに従わせることができることは同じではない、という点です。例えば、経験豊かな狩猟者が狩猟の方針を提案し、仲間がそれに従うとしても、その狩猟者が恒常的な支配者であるとは限りません。権限は限定的で、状況依存的であり、撤回可能な場合があります。
3.村落共同体と都市共同体
両者を概念的に区別すると、次のようになります。
| 村落共同体 | 都市共同体 | |
| 結合の基本 | 居住、親族、土地利用、共同生産 | 居住、職業、交換、制度、政治的所属 |
| 生産 | 食糧生産が重要 | 非農業的活動が相対的に重要 |
| 資源管理 | 土地、水、森林、共同施設 | 市場、道路、公共施設、供給・流通制度 |
| 社会関係 | 顔の見える継続的関係が比較的重要 | 非親族・非対面的関係が広がる |
| 意思決定 | 慣習、合議、長老など | 多様な組織、職能集団、統治機構 |
| 外部との関係 | 外部関係をもちながら生産を再生産 | 外部からの継続的供給に強く依存 |
これは理念型であって、現実の村落と都市を二分できるということではありません。さらに重要なのは、「都市共同体」という言葉にも二つの意味があることです。
一つは、都市に住む人々の間に形成される社会的共同性です。もう一つは、都市そのものが政治的な共同体として構成される場合です。古代ギリシアのポリスや中世ヨーロッパの自治都市などは、後者を考えるうえで重要です。しかし、王権によって建設された都城や、植民地支配の拠点として形成された都市が、住民全体の政治的共同体であったとは限りません。したがって、私はここで一つ修正します。都市が成立することと、都市共同体が成立することは同じではありません。都市は複数の共同体を内部に含みながら、その全体が一つの共同体を形成しない場合もあります。
これは、前回のF説を修正するための重要な論点です。
Q2 権力はどのようにして発生するか
この問題では、権力を最初から国家権力として考えないことが必要です。権力を、他者の行動を自己の意思に従わせる能力と広く定義すれば、国家成立以前の社会にも権力関係は存在します。しかし、国家形成との関連で重要なのは、一時的な指導や影響力が、どのように恒常的で強制力を伴う支配へ転化するかです。
1.権力発生の諸説
代表的な説明を整理します。
| 説 | 権力形成の契機 | 主な論点 |
| 生産・余剰管理説 | 食糧や資源の集中管理 | 管理者が分配を統制する |
| 軍事・征服説 | 戦争、征服、防御 | 軍事指導者が恒常的支配者となる |
| 灌漑・公共事業説 | 大規模共同事業 | 労働動員と管理組織の形成 |
| 宗教・祭祀説 | 儀礼や神聖性の独占 | 宗教的権威の政治的権力化 |
| 階級・所有説 | 生産手段と富の不均等 | 経済的支配と政治的強制の結合 |
| 競争・威信説 | 贈与、饗宴、負債関係 | 有力者への依存関係の形成 |
例えば、カール・ウィットフォーゲルの灌漑社会論は、大規模な水利事業と専制的権力の関係を論じました。しかし、灌漑施設が存在すれば必ず専制国家が成立するという説明は、現在では一般化できません。同様に、戦争によって支配権力が形成される場合もありますが、すべての国家が征服から生まれたわけではありません。
2.権限から権力への転化
私が重要だと考えるのは、共同体内部の意思決定に関する権限が、特定の人物や組織に恒常的に集中する過程です。例えば、共同貯蔵施設を考えてみます。最初は各世帯が共同で食糧を貯蔵し、必要に応じて分配していたとします。貯蔵施設の管理者が選ばれ、収穫物の搬入、保管、分配を担当するようになる。この段階では、管理者は共同体から委任された役割を果たしているだけです。しかし、管理者が貯蔵物の数量、利用資格、分配時期を独自に決定できるようになり、さらに分配を拒否したり、一定量の拠出を強制したりできるようになれば、管理権限は支配権力へ転化しえます。ただし、これは一つの仮説的な経路であり、共同貯蔵が必然的に権力集中を生むという意味ではありません。決定的なのは、次の変化です。共同体が管理者を統制する関係から、管理者が共同体の構成員を統制する関係への転換。その際、資源へのアクセス、制裁、武力、宗教的正統性、世襲制度などが結びつくことがあります。
3.権力は共同体から必然的に生まれるのか
ここで注意したいのは、権力の集中が社会進化の必然的な方向ではないということです。ピエール・クラストルは『国家に抗する社会』で、国家をもたない社会が単に国家形成以前の未発達な段階にあるのではなく、首長による強制的支配を抑制する仕組みをもつことを論じました。また、デヴィッド・グレーバーとデヴィッド・ウェングロウは『万物の黎明』で、人類社会が小規模で平等な集団から、農耕、都市、国家へと一方向に発展したという図式を批判しています。両者の議論をそのまま受け入れる必要はありませんが、権力の集中と都市化が必然的に結びつくという前提を疑ううえでは重要です。したがって、問いは「共同体が発展すれば、なぜ権力が発生するのか」ではなく、**「共同体の中で権力集中を可能にする条件は何か。また、それを阻止する条件は何か」**と立てるべきだと思います。
Q3 村落に交換があるとはどういうことか。市場は都市成立の契機ではないか
ここは、先生の指摘を受けて、前回の説明を修正する必要があります。私は「村落にも交換がある」と書きましたが、交換の種類を区別しなければ、都市の成立との関係が曖昧になります。
1.交換には異なる形態がある
少なくとも、以下の四つを区別すべきです。
| 交換形態 | 内容 | 市場の必要性 |
| 共同体内部の分配 | 共同生産物を構成員に配分する | 不要 |
| 贈与・互酬 | 世帯間、親族間、集落間の贈与と返礼 | 不要 |
| 物々交換 | 異なる財を相互に交換する | 必ずしも不要ではないが、恒常的市場は不要 |
| 市場交換 | 取引相手や交換条件を調整して売買する | 取引制度は必要だが、常設市場は必須ではない |
例えば、農耕村落で、ある世帯が他の世帯に収穫物を分け与え、後日、労働によって返礼を受けることがあります。これは交換ではありますが、市場取引ではありません。また、黒曜石、貝殻、顔料、石材などが遠隔地からもたらされることがあります。しかし、それらが直接取引、仲介交換、贈与、婚姻関係を通じた移動のいずれによるものかは、遺物の分布だけでは判断できません。遠隔地交易の存在は、市場の存在を直ちに証明するものではありません。
2.農村共同体に市場はないのか
先生の問いに対しては、次のように答えます。市場をもたない村落共同体は存在します。しかし、市場が存在すれば、その集落は都市である、とはいえません。歴史上、農村には定期市、季節市、祭礼市などが存在しました。農村住民が特定の日に集まり、農産物、手工業製品、家畜などを交換することがあります。この場合、市場の場所はあっても、そこに商人や職人が恒常的に居住しているとは限りません。そこで、三つの段階を区別できます。
① 集落間の交換
贈与、互酬、直接交換、遠隔地からの財の移動
② 交換場所の定期化・恒常化
定期市、交易拠点、港、交通結節点
③ 商業・手工業人口の定住
交換を生活基盤とする人々の居住、食糧供給の制度化
市場起源説が想定しうる都市形成の経路。必然的な発展段階ではなく、一つの仮説的系列。ここで重要なのは②から③への転換です。定期市が存在するだけでは都市とはいえません。市場を通じて生活する人々が定住し、継続的に食糧や生活物資を入手できるようになると、農業生産から相対的に自立した職業人口が形成されます。これは都市形成の有力な経路です。ただし、商人や職人の定住だけでは、集落全体が都市として成立したと断定できません。政治的、社会的、空間的な組織の変化も検討する必要があります。
3.柄谷行人の交換様式論との関係
柄谷行人の『世界史の構造』では、生産様式よりも交換様式に着目して社会構成体を理解しようとします。先生が整理されたA・B・C・Dは、その中心的な枠組みです。
デューク大学出版局
+1
ここで一点、区別が必要です。柄谷の「交換」は、商品や財貨の売買に限定されません。A:贈与と返礼を通じた互酬B:服従と保護、略取と再分配C:商品と貨幣による交換D:Aの高次元での回復を志向する交換様式したがって、都市の成立を商品交換Cだけから説明することは、柄谷の交換様式論そのものとも一致しません。例えば、神殿や王宮を中心とする都市では、租税、貢納、労働動員、再分配など、Bに関連する仕組みが重要になります。一方、商業都市ではCの比重が高まります。また、Aに相当する互酬関係は、都市成立後も親族集団、近隣組織、職能集団などの内部に存続しえます。私は、都市形成の歴史をAからB、BからCへの単線的な交代として考えるより、A・B・Cの諸関係が特定の空間で重なり合い、その結合の仕方が変化する過程として捉える方が、考古学的にも比較史的にも有効だと思います。ただし、これは柄谷の理論を都市史に応用した私の解釈であり、柄谷自身が都市の考古学的成立をこのように実証したという意味ではありません。
4.市場説についての私の考え
先生の「B市場説は、交換が行われた場所が恒常化していったという説ですね」という理解は、市場起源説の重要な一形態を捉えています。ただし、市場の恒常化には二つの異なる意味があります。第一は、交換が行われる場所の固定化です。第二は、交換に従事する人々の生活と社会関係の恒常化です。都市の成立にとって重要なのは後者まで進むことです。そして、ここで先生のQ5につながります。
商人や職人が食糧を自ら生産しないのであれば、誰が彼らを養うのか。市場で農民から購入するのか。王権が徴収して配分するのか。神殿が管理するのか。この違いは、都市形成の仕組みそのものの違いになります。
Q4 村落における分業とは何か
先生が挙げられた二つ、すなわち男女・年齢による分業と、陶器・道具などの製作に関する分業は、いずれも含まれます。ただし、都市の成立を考えるには、分業を三つの水準に分けることが有効です。
1.世帯内部の分業
狩猟、採集、漁労、調理、育児、道具製作、住居建設などを、世帯や居住集団の構成員が分担する形態です。性別や年齢が関係することがありますが、男女の役割があらゆる社会で固定されていたと考えるべきではありません。この段階では、分業が存在しても、専門職が成立しているとは限りません。
2.世帯間・集落内の分業
ある世帯が土器製作に優れ、別の世帯が石器製作に優れ、さらに別の世帯が特定の農作業を多く担当する場合です。この場合、技術や活動の専門化が始まっています。しかし、土器を製作する人が同時に農耕にも従事しているなら、完全な専業職人ではありません。したがって、技術的専門化と職業的専業化は区別しなければなりません。
3.社会的・職業的分業
農業にほとんど従事せず、土器、金属器、織物、建設、交易、祭祀、行政などを主な活動とする人々が現れる段階です。彼らは自らの生産物や労働、あるいは制度的な配分によって食糧を獲得します。ここで、分業は単なる作業の分担ではなく、異なる職業集団が相互依存する社会構造になります。都市形成との関係で決定的なのは、この相互依存がどのように持続可能になるかです。ただし、専業職人は農村に居住することもあり、都市住民が兼業農耕を行うこともあります。したがって、非農業人口の存在は都市化の重要な指標ですが、単独の必要十分条件ではありません。
Q5(前半) 農耕社会は自給持続社会、都市は非自給社会と定義できないか
私は、この区別は都市の成立を考えるうえで、前回のF説よりも基礎的な問題を提起していると思います。ただし、「自給自足」と「自給持続」は分けて考えたいところです。
1.村落は自給持続社会といえるか
基本的には、いえると思います。ただし、それは完全な自給自足を意味しません。狩猟採集社会や農耕村落は、外部との交換がなくても、食糧獲得と生活の再生産を一定程度継続できる場合があります。一方、都市は、居住者の相当部分が食糧生産以外の活動に従事するため、都市内部だけでは生活の再生産を完結できません。この意味で、都市は構造的に外部に依存しています。
しかし、ここで問題になるのは、自給の単位です。農村の一世帯が自給できるとは限りません。農村の一集落でも、必要な資源をすべて得られるとは限りません。同じように、都市を単独の居住地として考えれば自給できませんが、都市と後背農村を一体の社会経済的な単位として捉えれば、一定の自給持続性をもつ地域システムが成立することになります。これは先生の指摘どおりだと思います。
2.都市と農村は一体の単位である
ここで、都市を孤立した集落として定義することの限界が明らかになります。概念図:都市を後背農村との関係において捉える。矢印は一方向の食糧供給だけでなく、相互的・非対称的な諸関係を表す。この場合、都市を支える仕組みとして、少なくとも三つを区別できます。
| 供給方式 | 農村から都市への食糧移動 | 中心的な制度 |
| 市場型 | 農産物の販売と購入 | 市場、貨幣、交易 |
| 貢納・徴税型 | 支配権力による徴収と配分 | 王宮、行政、倉庫 |
| 共同体的供給型 | 共同貯蔵、互酬、共同事業 | 親族集団、共同組織、儀礼 |
現実には、これらが複合している場合が多いでしょう。都市の成立を説明するには、単に「余剰が生まれた」というだけでは不十分です。その余剰が、どのような社会関係によって都市へ移動するのかが問題になります。
3.藤田弘夫の権力説
先生が依拠されている藤田弘夫『都市の論理―権力はなぜ都市を必要とするか』(中央公論社、1993年)について、書誌と内容紹介を確認しました。食糧生産者である農村と食糧消費者である都市の関係を、権力の問題として捉える著作です。
国立国会図書館
+1
先生が提示された、余剰は予め社会的余剰である。という命題は、非常に重要です。農業生産が必要消費量を超えたとしても、それがそのまま都市住民の食糧になるわけではありません。生産者が自ら消費するかもしれないし、備蓄するかもしれない。贈与することも、交換することもあるでしょう。したがって、都市を支える余剰とは、単なる物理的な生産超過ではなく、生産者から他者へ移転される社会的な仕組みの中で成立する余剰です。そして、その移転が強制的に行われる場合には、権力が決定的な役割を果たします。ただし、私は一点だけ留保します。食糧の移転が常に強制的であるとは限りません。市場での購入や互酬的な供給も考えられるからです。
したがって、藤田の権力説は、多くの都市、特に王権や国家の形成と結びついた都市について、強力な説明力をもつ一方、あらゆる都市の成立を権力による強制移転だけで説明できるかは、なお検証が必要だと思います。ここで前回のF説も修正できます。
単に「複数の集落の関係が結節する」だけではなく、食糧をはじめとする生活資源が、集落を超えて恒常的に移動し、非農業人口の生活を維持する社会的仕組みが成立することを重視すべきです。
4.都市の定義についての暫定的結論
私は現段階で、都市を次のように定義したいと思います。都市とは、周辺地域との持続的な資源・食糧供給関係に支えられ、非農業的な専門活動と社会的諸機能が集積し、一定の中心性を形成する恒常的居住地である。この定義では、人口規模、密度、城壁、王宮、神殿、市場のいずれも、単独では絶対条件としません。ただし、この定義にも未解決の問題があります。大規模な祭祀集落や、非農業人口の比率が低い古代都市を、どのように位置づけるかです。
考古学者George L. Cowgillも、都市の単一の類型的定義より、都市を構成する複数の次元を検討することの重要性を論じています。
Annual Reviews
Q5(後半) 国家とは何か。国家はどのように成立するか
ここからは都市の起源と密接に関係しますが、独立した問題として考える必要があります。
1.国家とは何か
まず、国家(state)を、王や首長の存在だけで定義することはできません。私なら、次のように定義します。国家とは、一定の人口と領域に対して、共同体の個別的な関係を超える恒常的な統治組織が成立し、規則の制定・執行、資源の徴収、紛争処理、強制力の行使を制度的に担う政治的組織である。ここで重要なのは、国家が特定の個人の権力とは異なることです。例えば、ある首長が大きな影響力をもっていても、その影響力が個人的な威信に依存し、死後には消滅するのであれば、国家が成立したとは限りません。これに対して、統治者が交代しても徴税、裁判、軍事、公共事業などの仕組みが継続する場合、国家的制度が形成されていると考えられます。マックス・ウェーバーは、近代国家を一定領域内で正当な物理的強制力の独占を要求する人間共同体として特徴づけました。ただし、これは特に近代国家の理解に関わる定義です。初期国家では、複数の権力主体が強制力を分有していた場合もあります。
2.共同体、首長制、国家の違い
| 共同体 | 首長制(chiefdom) | 国家 | |
| 統治 | 慣習、合議、限定的権限 | 首長の地位と階層性 | 恒常的な統治機構 |
| 支配の根拠 | 親族、慣習、合意 | 威信、世襲、儀礼など | 制度、法、強制力、正統性 |
| 資源の移転 | 共同利用、互酬 | 貢納・再分配など | 租税、貢納、徴発、公共財政 |
| 領域 | 重複・流動的な場合もある | 複数集落を統合しうる | 管轄領域を設定・維持する |
| 強制力 | 分散的・限定的 | 首長に集中する場合がある | 制度的に組織される |
ただし、この三つは必ずしも歴史的に順番に成立する発展段階ではありません。
特に首長制は、人類学における比較概念であって、すべての国家が首長制を経由したと考えることはできません。
3.国家の起源をめぐる諸説
国家形成についても、複数の説明があります。第一は征服説です。 一つの集団が他の集団を征服し、支配を維持するために軍事力、貢納制度、統治機構を形成するという説明です。フランツ・オッペンハイマーなどの議論が代表的です。第二は階級説です。 生産手段や余剰の不均等な支配によって階級分化が進み、その支配関係を維持する機構として国家が形成されるという説明です。エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』が古典的な文献です。第三は管理・統合説です。 複数の集落にまたがる灌漑、治水、交易、資源管理、紛争調停などの必要から、恒常的な統治機構が成立するという説明です。第四は宗教・祭祀説です。 祭祀を統括する宗教的権威が、資源、労働、土地などの管理を通じて政治的権力を獲得するという説明です。第五は戦争・競争説です。 複数の政治集団の間で戦争や競争が繰り返され、軍事動員、徴税、領域支配が制度化されるという説明です。ロバート・カーネイロの国家形成論などが関係します。これらは相互排他的ではありません。例えば、軍事的な征服によって形成された支配が、宗教的正統性によって支えられ、徴税と再分配によって維持される場合があります。重要なのは、権力の発生と国家の成立を区別することです。権力は国家以前から存在しえます。しかし、権力が制度化され、個人の交代を超えて持続し、一定の人口や領域を統治する仕組みになったとき、国家の成立を論じることができます。
4.都市と国家は同時に成立するのか
これは今回の議論で最も重要な論点の一つです。私は、都市と国家の成立は歴史的に深く結びついているものの、概念的には区別すべきだと考えます。都市は、居住と生産・消費・交換・統治などの機能が空間的に集中する現象です。国家は、人口と領域に対する統治が制度化される現象です。両者は、異なる次元の社会的組織です。したがって、次の四つの可能性があります。
| 国家が存在しない | 国家が存在する | |
| 都市が存在しない | 自律的な村落・集落群 | 都市中心をもたない政治組織 |
| 都市が存在する | 非国家的都市の可能性 | 都市国家、王国、帝国など |
特に問題になるのは、国家の成立に先行する都市が存在したかどうかです。メソポタミアのウルクなどは、都市化と国家形成が密接に結びついた代表例です。一方、東ヨーロッパのトリピリア巨大集落などは、大規模な集住が必ずしも明確な国家的統治機構を伴わない可能性を検討する材料です。ただし、考古学的に国家の存在を確認できないことと、国家が存在しなかったことは同じではありません。この点は慎重に扱う必要があります。
5.国家、都市国家、領域国家、帝国、国民国家
先生が挙げられた国家の諸形態を整理します。
| 概念 | 定義・特徴 |
| 国家(state) | 人口・領域に対する統治が制度化された政治組織 |
| 都市国家(city-state) | 都市とその周辺領域を中心として形成された政治的に自立した国家 |
| 領域国家(territorial state) | 複数の都市・村落を含む広い領域を、継続的な統治機構によって支配する国家 |
| 帝国(empire) | 異なる政治集団や地域を、階層的・非対称的な支配関係のもとに統合する広域的政治組織 |
| 国民国家(nation-state) | 国家の統治領域と、国民という政治的・文化的共同体の範囲を一致させようとする近代的国家形態 |
ここでは特に、都市国家と領域国家の区別が重要です。都市国家とは、単に都市が国家の首都であることではありません。都市そのものが政治的組織の中心であり、周辺農村を含む一定の領域を統治する国家形態です。一方、領域国家では、複数の都市と農村を一つの政治機構が統治します。都市は行政・軍事・経済の中心になりますが、個々の都市が独立した政治主体であるとは限りません。帝国は領域国家の単なる大型版ではありません。征服された諸地域に異なる法、慣習、統治制度を認めながら、中心と周辺の非対称的な支配関係を維持する場合があります。国民国家については、さらに「国家」と「国民(nation)」の区別が必要です。国民国家は両者の一致を理念としますが、現実には多民族国家もあり、国家をもたない国民も存在します。なお、これらの概念はすべて同じ分類軸にあるわけではありません。都市国家と領域国家は統治の空間的構造、帝国は支配関係の形態、国民国家は国家と国民の結合原理に重点があります。
6.都市と国家の起源について、現時点での私の考え
今回の議論を通じて、前回のF説には明確な修正が必要だと考えるようになりました。前回のF説は、都市の形成を集落間の諸関係の結節・統合として説明するものでした。しかし、結節点であることだけでは、都市と大規模な村落、定期市、祭祀センターなどを区別できません。また、社会的統合という言葉では、権力による強制と、互酬や市場を通じた相互依存の違いが見えなくなります。そこで、都市形成については、少なくとも次の三つを区別する必要があると考えます。
第一は、生活の再生産単位の変化です。 村落内部で比較的完結していた生活の再生産が、複数集落を含む地域的な仕組みに依存するようになる。
第二は、社会的分業の変化です。 農業以外の専門活動を主要な生活基盤とする人々が定住し、食糧供給への依存が恒常化する。
第三は、資源移転の制度化です。 食糧、労働、物資などが、市場、互酬、貢納、徴税、強制的徴発などによって継続的に移動する仕組みが成立する。
そして、この三つの変化が特定の居住地への機能集中と結びついたとき、都市形成の条件が整うのではないでしょうか。
ただし、これは都市形成を説明するための仮説であり、すべての初期都市で三条件が同じ形で確認されているという意味ではありません。
最後に、都市の起源と国家の起源の関係私は、次の二つの問いを区別することが重要だと思います。都市の起源とは、なぜ人々が食糧生産以外の活動に専従しながら、一つの場所で恒常的に生活できるようになったのか、という問題である。国家の起源とは、なぜ人々が共同体内部の慣習や合議を超えて、恒常的な統治機構の決定や強制力に服するようになったのか、という問題である。この二つの過程が結びつけば、都市国家が成立します。しかし、都市の成立に国家が必須なのか、国家の成立に都市が必須なのかは、別々に検証しなければなりません。
先生が提示された藤田弘夫の「余剰は予め社会的余剰である」という命題を出発点とすれば、最も重要なのは、農村の生産物が都市へ移動する社会的関係そのものが、いかなる権力関係や制度を生み出したのかという問いになると思います。都市と国家の成立を同じ位相で考えるべきだという主張は、ここに強い根拠をもっています。
しかし、私はまだ、都市の起源と国家の起源を完全に同一視することには賛成できません。都市形成と国家形成が相互に促進し合う場合と、異なる経路をたどる場合の両方を、具体的な事例によって検討する必要があるからです。
7.今回の議論に関係する基本文献
今回は、都市論だけでなく、共同体・権力・国家形成の問題を検討するための文献を挙げます。
- Ferdinand Tönnies, Gemeinschaft und Gesellschaft, 1887. 共同体と社会の古典的区別。
- Friedrich Engels, Der Ursprung der Familie, des Privateigenthums und des Staats, 1884. 家族、私有財産、国家形成の関係。
- Pierre Clastres, La Société contre l’État, Les Éditions de Minuit, 1974. 国家なき社会と強制的権力の問題。
- Elman R. Service, Origins of the State and Civilization: The Process of Cultural Evolution, W. W. Norton, 1975. 国家形成を社会進化論的に説明する代表的研究。
- Robert L. Carneiro, “A Theory of the Origin of the State,” Science, 169(3947), 1970, pp. 733–738. 戦争と環境的・社会的制約による国家形成論。
- Henri J. M. Claessen and Peter Skalník (eds.), The Early State, Mouton, 1978. 初期国家の比較研究。
- Robert McCormick Adams, The Evolution of Urban Society: Early Mesopotamia and Prehispanic Mexico, Aldine, 1966. 都市化と政治的組織の比較。
- George L. Cowgill, “Origins and Development of Urbanism: Archaeological Perspectives,” Annual Review of Anthropology, 33, 2004, pp. 525–549. 都市の定義と初期都市形成の比較的検討。
Annual Reviews
- 柄谷行人『世界史の構造』岩波書店、2010年。交換様式と国家・資本・ネーションの関係。
デューク大学出版局
- 藤田弘夫『都市の論理―権力はなぜ都市を必要とするか』中公新書1151、中央公論社、1993年。都市と食糧、権力の関係。
国立国会図書館
- David Graeber and David Wengrow, The Dawn of Everything: A New History of Humanity, Farrar, Straus and Giroux, 2021. 社会的不平等、都市、国家の単線的発展史への批判。
以上のうち、藤田の著作については書誌と公開された内容紹介を確認していますが、全文を照合したわけではありません。先生の引用された命題の厳密な解釈には、原著の該当箇所を確認する必要があります。
今回、私自身が最も検討を深めたいのは、都市の非自給性を都市の定義の中心に置けるかどうかという問題です。これが成り立つなら、都市を人口規模や密度、城壁、あるいは特定の施設の存在によって定義するよりも、都市と農村を一体とする社会的・空間的構造によって定義する可能性が開けます。そして、その構造を成立させ、維持するものが市場なのか、互酬なのか、権力なのか、あるいはそれらの複合なのかという問いが、A~Fの都市起源説を比較するための共通の基盤になると思います。

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