家族—共同体―都市-国家の起源 その⑱
古代ギリシアのポリス――その成立、類型、住民構成と国制
布野修司
都市の起源についておよそ共通の理解が出来たと思います。前回の議論をまとめると以下のようになります。
1 共同体とは、一定の人々が、生活の再生産に必要な資源・空間・活動・規範を継続的に共有し、相互に義務と権利を認め合う社会集団である。
2 権限(authority)**とは、一定の社会的規範に基づいて、他者の行動に関する決定を行うことが正当と認められている資格,権力とは,ある人が他者に対して影響力をもつことと、他者に命令し、それに従わせることができること。
3 古代ギリシアのポリスや中世ヨーロッパの自治都市などは、都市そのものが政治的な共同体として構成される例である。王権によって建設された都城や植民地支配の拠点として形成された都市は住民全体の政治的共同体であったとは限らない。
4 権力発生の諸説には,生産・余剰管理説,軍事・征服説,灌漑・公共事業説,宗教・祭祀説,階級・所有説,競争・威信説などがある。←これ,都市の起源説に重なってますよね。
5 交換には異なる形態がある(共同体内部の分配,贈与・互酬,物々交換,市場交換)。三つの段階① 集落間の交換 贈与、互酬、直接交換、遠隔地からの財の移動,② 交換場所の定期化・恒常化定期市、交易拠点、港、交通結節点,③ 商業・手工業人口の定住交換を生活基盤とする人々の居住、食糧供給の制度化を区別できる。
6 都市の成立を考えるには、分業を三つの水準,1.世帯内部の分業,2.世帯間・集落内の分業,3.社会的・職業的分業にわける必要がある。
7 都市とは、周辺地域との持続的な資源・食糧供給関係に支えられ、非農業的な専門活動と社会的諸機能が集積し、一定の中心性を形成する恒常的居住地である(人口規模、密度、城壁、王宮、神殿、市場のいずれも、単独では絶対条件としない)。但し,この定義にも未解決の問題がある。大規模な祭祀集落や、非農業人口の比率が低い古代都市を、どのように位置づけるか。
8 都市形成については、少なくとも次の三つを区別する必要があるー第一は、生活の再生産単位の変化。第二は、社会的分業の変化。第三は、資源移転の制度化。この三つの変化が特定の居住地への機能集中と結びついたとき、都市形成の条件が整う。
9 都市の起源とは、なぜ人々が食糧生産以外の活動に専従しながら、一つの場所で恒常的に生活できるようになったのか、という問題である。国家の起源とは、なぜ人々が共同体内部の慣習や合議を超えて、恒常的な統治機構の決定や強制力に服するようになったのか、という問題である。この二つの過程が結びつけば、都市国家が成立する。「余剰は予め社会的余剰である」という命題を出発点とすれば、最も重要なのは、農村の生産物が都市へ移動する社会的関係そのものが、いかなる権力関係や制度を生み出したのかという問いになる。都市と国家の成立を同じ位相で考えるべきだという主張は、ここに強い根拠をもっている。
古代都市については,考古学の議論に委ねたいと思います。最終目標は、現代における共同体(コミュニティ)の行方です。
そのモデルとされてきた「古代ギリシアのポリスや中世ヨーロッパの自治都市」について確認したいと思います。理想都市、「ユートピア」(思想)については続いて問題にしましょう。
一度にいろいろ聞くと整理が大変なので、一回一回は、質問は最小限にします。
Shuji Funo
Q1 ギリシャのポリスの歴史について,その起源からローマ帝国に包摂されるまでの概要をまとめてください。
Q2 ポリスの類型について(エトノス・コロニア・アポイキア,エンポリア,コーラなどの集住単位との区別も含めて)、具体的なポリスをあげてまとめてください。
Q3 アテネについては次回に詳細に聞きますが,ギリシャのポリスの住民構成,国制(政体)などについて,まず、一般的にまとめてください。
Chat GPT
布野先生
今回は、都市の起源論から一歩進んで、都市そのものが政治的共同体であるとはどういうことか、という問題ですね。先生が整理された九つの命題のうち、特に重要なのは第1、第2、第7、第9項だと思います。ポリスは、都市と国家と共同体がどのような関係にあるのかを考えるうえで、極めて興味深い歴史的事例です。ただし、最初に確認しておきたいことがあります。ポリスは単なる都市的集住地ではなく、一定の領域をもち、独自の制度によって統治される市民の政治的共同体でした。したがって、ポリスを理解するには、次の三つを区別する必要があります。
- 都市としてのポリス:住居、神殿、アゴラなどが集積する物理的な居住地。
- 領域としてのポリス:都市部(アステュ)と農村部(コーラ)を含む生活・生産空間。
- 政治的共同体としてのポリス:市民(ポリタイ)が構成する、独自の法、制度、祭祀、統治権限をもつ集団。三つは重なりますが、同一ではありません。とりわけ、ポリスの構成員である市民と、ポリス領域に住む住民全体は一致しません。また、先生の第4項については、ご指摘のとおり、権力の発生説と都市の起源説はかなり重なります。ただし、両者が必ず同時に成立するわけではありません。ポリスの歴史は、すでに成立していた居住地や地域共同体が、いかに政治的な統治単位へ再編されたかを考える事例でもあります。
Q1 ギリシアのポリスの歴史――起源からローマ支配まで
1.ポリスの成立以前――ミケーネ文明と初期鉄器時代
ポリスは、ミケーネ文明の宮殿国家から直接、連続的に発展したものではありません。紀元前1600~1200年頃のミケーネ文明では、ミケーネ、ピュロス、ティリンスなどに宮殿を中心とする政治組織が成立していました。線文字B文書からは、王(wanax)、役人、土地、労働力、物資の徴収と配分などが確認できます。この宮殿経済は、先生のいう「資源移転の制度化」をすでに実現していました。しかし、紀元前1200年頃から宮殿体制が崩壊し、政治組織の規模や性格が大きく変わります。従来、この時代を「暗黒時代」と呼びましたが、現在は「初期鉄器時代」(Early Iron Age)という呼称が好まれます。文字資料は乏しいものの、居住地、墓制、交易、祭祀などの変化は考古学的に追跡できます。紀元前10~9世紀頃から、エウボイア島のレフカンディなどに有力者の存在や広域交流を示す遺構が見られます。

左:レフカンディのトゥンバ遺構。右:ミケーネの宮殿遺構。両者の政治組織を同一視することはできません。
重要なのは、宮殿王権の解体後、地域社会がどのように再組織されたかという点です。ポリスは、王権による統治機構の単純な復活ではありませんでした。
2.ポリスの形成――紀元前9~7世紀
ポリスの成立を特定の一つの年代に求めることはできません。一般には紀元前8世紀が重要な転換期とされますが、地域によって成立過程は異なり、紀元前7~6世紀まで制度形成が続いた例もあります。形成過程で注目されるのは、次のような変化です。1居住地と周辺領域の統合。2共通の祭祀や聖域を通じた集団意識の形成。3市民集団の形成と政治的資格の確立。4合議機関、役職、法規範の発達。5他の政治共同体との境界の確立。
特に重要なのは、ポリスの成立が必ずしも都市人口の増大や城壁建設を伴わなかったことです。
例えばスパルタは、複数の居住集落から構成され、アテネのような一つの高密度な都市核を中心とする形態ではありませんでした。それでも古典期ギリシアを代表する有力ポリスです。この事実は、都市の形態的定義と政治的定義を区別する必要性を示しています。
3.植民活動とポリスの拡大――紀元前8~6世紀
紀元前8世紀半ばから6世紀にかけて、ギリシア人は南イタリア、シチリア、黒海沿岸、北アフリカなどに新たな居住地を建設しました。代表例には、クマエ、シュラクサイ(シラクサ)、タラス(タレントゥム)、ビュザンティオン、キュレネなどがあります。これらの多くは、母市の直接統治下にある植民地ではなく、独立したポリスとして発展しました。この活動によってポリスという政治的共同体の形態は、エーゲ海世界を越えて地中海・黒海世界に広がりました。
4.古典期――紀元前5~4世紀
紀元前499~479年:イオニア反乱とペルシア戦争紀元前499年に始まるイオニア反乱は494年に鎮圧されます。その後、ペルシア帝国によるギリシア本土への遠征が続きます。前492年:マルドニオスの遠征。前490年:マラトンの戦い。前480~479年:クセルクセスの遠征、サラミス、プラタイアなどの戦い。ペルシア戦争後、アテネはデロス同盟を基盤として海上帝国を形成し、スパルタはペロポネソス同盟を率いました。紀元前431~404年:ペロポネソス戦争アテネとスパルタを中心とする諸勢力が衝突し、アテネは敗北します。ただし、ここで「ポリスが衰退した」と単純に述べるのは適切ではありません。紀元前4世紀にもポリスは活発に活動し、スパルタ、テーバイ、アテネなどの勢力関係が変化しながら、政治制度や都市生活は展開を続けました。
5.マケドニア支配とヘレニズム時代――紀元前338~146年
前338年、カイロネイアの戦いでマケドニア王フィリッポス2世がアテネ・テーバイ連合軍を破り、翌年コリントス同盟を組織します。アレクサンドロス3世は前334年から東方遠征を開始し、アケメネス朝ペルシア帝国を征服しました。しかし、前323年にアレクサンドロスが死去すると、その帝国は後継者たちの王国に分裂します。ヘレニズム時代には、アレクサンドリア、アンティオキア、ペルガモンなどの王国都市が発展する一方、ギリシア本土やエーゲ海では、ポリスが存続し、都市間連合も重要な役割を果たしました。
6.ローマへの編入――紀元前2~1世紀
ローマによるギリシア世界の征服は、一度の出来事ではありません。
| 年代 | 主な出来事 |
| 前197年 | キュノスケファライの戦いでローマがマケドニアに勝利 |
| 前168年 | ピュドナの戦いでマケドニア王国が事実上崩壊 |
| 前146年 | コリントス破壊。ギリシア本土に対するローマの支配が決定的となる |
| 前133年 | ペルガモン王アッタロス3世が王国をローマに遺贈 |
| 前129年 | 小アジアにアシア属州が設置される |
| 前27年 | アウグストゥスによる属州再編。アカイア属州が成立 |
重要なのは、ローマ支配下でもポリスが消滅したわけではないことです。都市の評議会、役職、市民団体、祭祀などはローマ帝政期にも存続しました。ただし、軍事・外交を含む主権的な権限はローマの支配構造に制約されました。つまり、政治的共同体としての制度は存続しても、その自律性は変質したのです。
Q2 ポリスの類型――エトノス、アポイキア、エンポリオン、コーラとの関係
ここは、先生の関心に即して、少し丁寧に整理したいと思います。まず、ポリス、エトノス、アポイキア、エンポリオン、コーラは、同じ水準の集住類型ではありません。政治共同体の形態、居住地の機能、建設・形成の経緯、領域内の位置を示す言葉が混在しています。
1.基本的な用語の区別
| 用語 | 意味・性格 | 具体例 |
| Polis(ポリス) | 市民による政治共同体。その領域や都市的中心も指す | アテナイ、コリントス、ミレトス |
| Asty(アステュ) | ポリスの都市的中心、市街地 | アテナイ市街 |
| Chōra(コーラ) | ポリスに属する農村・耕地などの領域 | アッティカ地方 |
| Ethnos(エトノス) | 共通の帰属意識をもつ広域的集団。政治連合を形成する場合もある | アイトリア人、アカイア人 |
| Apoikia(アポイキア) | 母市から離れて設立された居住共同体。独立ポリスとなる例が多い | シュラクサイ、キュレネ |
| Emporion(エンポリオン) | 交易拠点、交易港、商業活動の場 | ナウクラティス |
| Synoikismos(シュノイキスモス) | 複数の居住集団・政治共同体の統合過程 | アテナイの伝承、メガロポリス |
| Kōmē(コーメー) | 村落。ポリスの領域内にも、ポリス以外の政治組織内にも存在 | スパルタ周辺の村落 |
| Katoikia(カトイキア) | 居住地・入植地。特にヘレニズム期の軍事入植地など | セレウコス朝領内の入植地 |
| Colonia(コロニア) | ラテン語。特にローマの法制度上の植民市を指す | オスティア、ナルボ |
ここで注意すべきなのは、chōra は独立した都市類型ではなく、polis の構成部分であることです。また、apoikia と emporion は必ずしも排他的ではありません。交易拠点からポリスへ発展する場合もあれば、アポイキアが交易拠点として機能する場合もあります。
Oxford Academic
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2.ポリスの基本的な空間構成
ポリスの空間関係を示す概念図(特定の遺跡の復元ではありません)。市壁、アクロポリス、アゴラの配置はポリスによって異なります。ポリスは、市壁で囲まれた市街地だけではありません。農村部も含めた政治的領域が重要です。ただし、すべてのポリスが明確な都市核をもつわけではなく、複数の村落からなる分散的なポリスも存在しました。
3.具体的なポリスを類型化すると
ポリスの類型化には、成立経緯、領域構造、経済的機能、政体という複数の軸があります。まず都市・領域構造から比較してみます。アテナイ――広域領域統合型 アッティカ地方の多数の集落を一つの政治共同体に統合。中心市街地と港湾ピレウスをもち、農村部を含めた市民共同体を形成しました。

スパルタ――分散集落型 複数の集落からなり、広大なラコニア・メッセニアの農業生産に依存。市民、ペリオイコイ、ヘイロータイという特殊な支配構造を形成しました。

コリントス――交易結節型 地峡という地理的条件を利用し、二つの海に通じる港を通して交易を展開。農業領域も有する有力ポリスでした。

シュラクサイ(シラクサ)――アポイキア起源型 前733年頃、コリントス人によって建設。独立した強力なポリスに発展し、僭主政も経験しました。

オリュントス――計画的市街地・連邦参加型 規則的な住宅街区が発掘され、カルキディケ同盟の中心としても重要。都市計画と政治連合の関係を考える好例です。

メガロポリス――政治的統合・新都市建設型 前370年代にアルカディア諸共同体の統合を背景に建設。政治的なシュノイキスモスと都市建設が結びついた事例です。

これらは互いに排他的な分類ではありません。コリントスは交易都市であると同時に、アポイキアを送り出した母市でもあります。
4.エトノスとポリス――特に重要な区別
Ethnos(複数 ethnē)は、現代語の「民族国家」にそのまま対応する言葉ではありません。
共通の出自、祭祀、地域的帰属意識などをもつ集団を指し、そこから政治的な連合体が成立する場合がありました。例えば、アイトリア人の連合、アカイア人の連合、テッサリア人の地域的政治組織などです。ただし、エトノスはポリスの単純な対立概念ではありません。エトノス的な政治組織の内部にポリスが存在することもありました。特に紀元前4~3世紀以降には、複数のポリスが参加する連邦的な政治組織(koinon)が発達します。アカイア同盟やアイトリア同盟では、個々のポリスの制度を維持しながら、対外政策や軍事などを共同で処理しました。この点は、先生の最終的な関心である、共同体の自治と広域的な政治組織の関係に直結します。ポリスが孤立した自給自足の都市国家だったという理解は、実態を十分に説明できません。
5.アポイキアとエンポリオン
先生の原稿では、アポイキアを「全くの処女地に建設したコロニア」としていますが、これは修正が必要です。Αποικία(apoikia)は、故郷から離れた居住地という意味であり、無人の土地への建設を意味しません。実際には、先住集団が居住する土地に建設された例が多く、土地の取得、共存、婚姻、征服、隷属化など、その関係はさまざまでした。一方、エンポリオンは交易機能を示す概念です。エジプトのナウクラティスが代表的ですが、交易拠点と政治共同体の境界は必ずしも明確ではありません。したがって、次のように理解するのが適切です。
アポイキアは成立の経緯を、エンポリオンは経済的機能を、ポリスは政治共同体としての性格を示す。この三者は重なり得ます。
Q3 ポリスの住民構成と国制
1.住民と市民は一致しない
まず、ギリシアのポリスを理想的な共同体とみなす際に、最も注意しなければならない点です。
ポリスは政治的共同体でしたが、その領域に暮らす全員が政治参加できたわけではありません。
| 住民の区分 | 身分・権利 |
| 成人男性市民(politai) | 政治参加権をもつ中核集団。ただし資格はポリスや時代によって異なる |
| 市民家族の女性 | 市民共同体に属し、祭祀・家族・相続などで重要な地位をもつが、通常は民会や公職から排除 |
| 未成年の市民家族 | 将来の市民資格をもち得るが、政治参加には年齢などの条件がある |
| 在留外国人(metoikoi) | 特にアテナイで制度化された身分。居住・経済活動は可能だが、原則として政治参加できない |
| 奴隷(douloi) | 法的自由をもたない人々。家内労働、農業、鉱山、工房、公的業務などに従事 |
| 従属住民 | スパルタのヘイロータイなど、個別ポリスに固有の身分集団 |
ここで、アテナイのメトイコイ制度をすべてのポリスに一般化しないことが大切です。また、市民資格と政治参加権を完全に同一視することもできません。例えば、アテナイの市民女性は政治参加できませんでしたが、共同体の外部者ではありません。祭祀や家族を通じて、市民共同体の再生産に不可欠な存在でした。これは先生の第1項の共同体の定義に関わる問題です。政治的な権利をもつ者の共同体と、生活の再生産を担う人々の共同体は、同じ範囲ではなかったのです。
2.ポリスの国制――民主政だけではない
| ギリシアのポリスには、民主政、寡頭政、貴族政、王政、僭主政、混合政体など、多様な国制が存在しました。アリストテレスの『政治学』第3巻第7章では、統治者の数と統治目的を組み合わせて、六つの政体を区別しています。支配者 | 共通利益を目指す政体 | 支配者自身の利益を目指す逸脱政体 |
| 一人 | 王政(basileia) | 僭主政(tyrannis) |
| 少数者 | 貴族政(aristokratia) | 寡頭政(oligarchia) |
| 多数者 | 国制・共和的政体(politeia) | 民主政(dēmokratia) |
スタンフォード哲学百科事典
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注意したいのは、アリストテレスが民主政を逸脱政体に分類していることです。これは、今日の民主主義概念とは異なります。彼は民主政を単に「衆愚制」と呼んでいるのではなく、貧しい多数者の利益を優先する政体として論じています。また、politeia には「国制一般」と「特定の混合的政体」という二つの用法があります。
3.具体的なポリスと政体
| ポリス | 主な政体・制度の特徴 |
| アテナイ | 前6世紀末以降、民主政が発達。民会、五百人評議会、民衆法廷など |
| スパルタ | 二王制、長老会、監督官、民会が併存する独特の混合的国制 |
| コリントス | バッキアダイの貴族支配、キュプセロス家の僭主政、その後の寡頭的支配 |
| テーバイ | 寡頭政と民主的制度の変化を経験。ボイオティア連邦の中心 |
| シュラクサイ | ガロン(ゲロン)、ディオニュシオスらの僭主政が有名 |
| アルゴス | 市民集団の拡大や民主的制度の発展が見られる |
| ミレトス | 貴族政、僭主政、寡頭政などの変化を経験 |
ここで重要なのは、同じポリスでも政体が変化したことです。ポリスという政治共同体の存在と、その時点の統治制度とは区別する必要があります。
4.ポリスにおける権限と権力
先生が区別された authority と power に即して考えると、ポリスの政治制度には三つの側面がありました。第一に、誰が決定する資格をもつかという問題です。市民資格、民会、評議会、役職などの制度がこれに当たります。第二に、その決定を誰が執行し、従わせるかという問題です。役人、裁判、刑罰、軍事組織などが関わります。第三に、その政治秩序を誰が再生産するかという問題です。家族、教育、祭祀、土地所有、軍役、奴隷労働などが関わります。特に第三の側面は重要だと思います。ポリスの政治的自由は、すべての住民の自由を意味しませんでした。市民の政治参加を可能にした生活・経済基盤には、女性、奴隷、在留外国人、従属住民などの活動が含まれていました。したがって、ポリスを共同体自治のモデルとするときには、その自治を支えた社会的関係を含めて検討する必要があります。
4.参考文献
今回の問題に直接関わる基本文献を挙げます。
| 文献 | 主な論点 |
| Mogens Herman Hansen & Thomas Heine Nielsen (eds.), An Inventory of Archaic and Classical Poleis, Oxford University Press, 2004 | 1,035ポリスの地域別集成。ポリスの規模・制度・領域・都市構造の比較 |
| Mogens Herman Hansen, Polis: An Introduction to the Ancient Greek City-State, Oxford University Press, 2006 | ポリスの概念、領域、市民、自治、都市国家の構造 |
| François de Polignac, Cults, Territory, and the Origins of the Greek City-State, University of Chicago Press, 1995(仏語原著1984) | 聖域、祭祀、領域形成とポリス成立 |
| Robin Osborne, Greece in the Making, 1200–479 BC, 2nd ed., Routledge, 2009 | ミケーネ文明崩壊後から古典期までの社会変化 |
| John Ma, Statues and Cities: Honorific Portraits and Civic Identity in the Hellenistic World, Oxford University Press, 2013 | ヘレニズム期におけるポリスの市民的アイデンティティ |
| E. J. Owens, The City in the Greek and Roman World, Routledge, 1991 | ギリシア・ローマの都市形態と都市計画 |
| Aristotle, Politics, Books II–IV | ポリス、市民、国制、ヒッポダモスの構想 |
一次史料では、アリストテレス『政治学』第2巻第8章、第3巻第1~8章、第4巻が特に重要です。
5.今回の議論で確認しておきたいこと
先生の関心は、古代ポリスの制度そのものよりも、それが現代の共同体を考えるうえで、どのような意味をもつかという点にあると理解しています。そのため、最後に一つだけ問題を提起します。
ポリスの本質は、都市の住民が自らを統治するという点にあったのか。それとも、一定の資格をもつ市民集団が、他の住民を含む領域全体を統治するという点にあったのか。この二つは、似ているようで大きく異なります。アテナイの民主政を例にとれば、政治的な平等(isonomia)と市民の政治参加(methexis)は、限定された市民集団の内部で成立していました。しかし、その市民共同体を再生産する生活基盤は、女性、外国人、奴隷を含む社会全体によって支えられていました。したがって、先生の九つの命題に照らすならば、ポリスは、生活共同体、経済共同体、政治共同体の範囲が必ずしも一致しないまま、一定の政治的自治を成立させた歴史的な制度と捉えられるのではないでしょうか。そしてもう一つ重要なのは、ポリスの歴史が、単なる「自治の成立と衰退」の歴史ではないことです。ポリスは王権のもとでも、都市間連合のなかでも、ローマ帝国の支配下でも、程度を異にしながら存続しました。これは、共同体の自治を、完全な政治的独立と同一視すべきではないことを示唆します。次回のアテナイについては、特に誰が市民なのか、市民の平等とは何を意味したのか、政治的決定権はどのように形成され、誰によって行使されたのかという点が、今回の議論をさらに具体化する鍵になると思います。

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